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積水化学のDNAと製品 積水化学65年のあゆみ

エスロンパイプ

軽量で高耐久な 塩化ビニル管エスロンパイプ

エスロンパイプ初出荷

日用品から管材事業へ

1951年、奈良工場に当時最先端の押出し機であるウィンザー社製『RC65』が軟質塩ビシート製造用として導入された。技術指導に訪れたウィンザー社の英国人技師E・G・フィッシャーは「この押出し機があれば、硬質塩ビパイプもつくることができる」と持参したパイプを鞄から取り出して見せた。それまでの当社の主力製品といえば、ボタン、櫛、ハンドバッグ、ベルト、ボールペンの軸、化粧品や薬品のキャップなど日用品小物が中心。戦時下のドイツで開発され、化学工場のプラント配管や上下水道に使われているという硬質塩化ビニルパイプは、米国の雑誌「モダン・プラスチック」やウィンザー社のカタログで目にしたことがある程度だった。「これは積水の事業の柱になり得る!」現物を目にした技術陣は皆そう思った。その後、樹脂の配合や押出し機の改良など、量産に向けた研究に着手。試行錯誤を繰り返しながらも試験製造にとりかかった。

エスロンパイプ誕生

1952年10月、奈良から京都新工場(現京都研究所)に移設された製造ラインで、日本初となる塩化ビニルパイプの量産が始動。当時の工場長により「エスロンパイプ」と名付けられた。
しかし、ここからが本当の試練であった。当時の日本に塩ビ管の需要はほとんどなく、技術営業はサンプルと、当時としては画期的であったPR映画『時代の花形―エスロンパイプ』を抱えて全国の化学工場や水道局を駆け廻った。市場が大きく動き出すきっかけとなったのは都市水道局からの公認であった。1953年の広島市水道局を皮切りに、東京都水道局からも給水管としての指定承認を受けると、需要が一気に加速。工業用、農業用と幅広く採用され積水化学の主力製品となっていく。

HISTORY

1936年 戦時下のドイツで硬質塩化ビニル管が開発
1947年 京都化学研究所を開設(プラスチックの研究開発)
1948年 奈良工場で日本初のプラスチック自動射出成形事業を開始
1951年 来日したウインザー社技師長、E・G・フィッシャーが硬質塩ビ管サンプルを持参
1952年 京都新工場(現京都研)で塩ビ管の量産化に成功
1953年 水道用で広島市水道局の指定承認を取得(伊勢崎市、松山市、奈良市も)
1954年 東京都水道局が指定承認。勃興期を迎える

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