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歴史・沿革

積水化学グループには皆さまと一緒に歩んできた歴史があります。
1947年の創業から現在に至るまでのその足跡を振り返ります。

1950年代 ~プラスチックのパイオニアとして~

1950年4月 大阪阪急百貨店で開かれた『プラスチック展覧会』にセロハンテープ試作品を展示
1950年8月 熱可塑性による“割れない電話”の開発に成功(工業技術庁長官賞受賞)、日本初の12オンス射出成形機によるものであり、射出成形事業大型化へのスタートとなる
1952年8月 京都工場開設、塩化ビニル管「エスロンパイプ」の本格製造開始
1953年3月 大阪証券取引所へ上場
1953年7月 尼崎工場開設、プラスチックテープ、翌年からポリエチレンフィルムの製造開始
1953年9月 東京工場開設(~2015年)、プラスチック成形品の製造開始、関東地方の供給源となる
1954年4月 東京証券取引所へ上場
1954年11月 アドヘア化工株式会社(現:積水樹脂株式会社)設立
1955年12月 塩ビ管継手の射出成形に成功、東京都水道局より指定認証を受け、「エスロンパイプ」普及に大きな役割を果たす
1956年6月 大阪旭工場開設、日本初のプラスチック製雨とい「エスロン雨とい」開発、大阪旭工場内に中央研究所(現:開発研究所)開設、大阪工場を大阪泉尾工場に改称
1957年4月 奈良に新工場開設、旧奈良工場の成形設備移設、東洋一のプラスチック成形工場となる
1957年 ポリエチレン製バケツ「ポリバケツ」発売
1958年 合わせガラス用中間膜「S-LECフィルム」の製造開始、翌年に事業化
1959年 「3S精神」を正式に社是として制定(1992年、2014年に一部改訂)
1959年10月 積水スポンジ工業株式会社(現:積水化成品工業株式会社)設立
日本の生活にセキスイの製品が普及

戦後復興期から高度成長時、より豊かな生活を目指す日本において、プラスチック製品はその用途を急速に拡大させていきました。

積水化学は、1948年に2番目の工場として大阪工場を開設。1950年には積水化学の最長寿製品のひとつ「セロハンテープ」の製造を開始しました。物資不足の時代、壊れたものや破れたものを簡単に修繕できるテープは大変重宝されました。発売後は順調に需要を伸ばし、封筒シールや缶詰用防湿テープとして利用されるとともに、家庭やオフィスの常備品になりました。

また、1953年に尼崎工場を開設し、ポリエチレンフィルムの製造を開始しました。ポリエチレンフィルムの耐水性、耐薬品性、電気絶縁性は、包装資材に最適で、食品、衣料品、機械部品などあらゆる分野で大きな需要を獲得しました。

1955年、米国でポリエチレン製バケツが初めて発売され、その2年後に、積水化学が発売した「ポリバケツ」は、日本の家庭にプラスチックという素材を強力に紹介する商品となりました。従来バケツはブリキ製でしたが、素材の軽さ、明るいカラー、使いやすさは、今までの生活用品のイメージを一新し、特に主婦の方々には大好評を得たのです。

セキスイの「セロハンテープ」
セキスイの「セロハンテープ」

実用的でスマートな生活用品として花嫁さんの支度品にもなっていた「ポリバケツ」
実用的でスマートな生活用品として花嫁さんの支度品にもなっていた「ポリバケツ」

美容院など、さまざまな場所、用途にポリバケツが登場
美容院などさまざまな場所・用途に
ポリバケツが登場

エスロンパイプの誕生

創業事業であるプラスチック射出成形事業は、大型成形機を導入するなどして、大型成形品への展開を図っていきました。1951年には熱可塑性による“割れない電話”で工業技術庁長官賞を受賞。これは日本初の12オンス射出成形機によるもので、射出成形事業大型化へのスタートとなりました。

1952年、新設された京都工場で硬質塩化ビニル管「エスロンパイプ」の本格製造がスタート。1954年に東京都水道局から指定承認を受け、さらに1955年に、東京工場で塩ビ管継手の射出成形に成功。継手を開発したことで施工性が格段に向上し、エスロンパイプは飛躍的に普及しました。その後、給水分野から排水分野、さらには建築分野、土木分野、電力通信分野、プラント分野などほとんどの分野を網羅する汎用性の高い管工機材に成長し、今日まで積水化学を代表する製品であり続けています。

京都工場でのエスロンパイプ製造風景
京都工場でのエスロンパイプ製造風景
開設当時の生産量は月産500kg、5年後には月産1000トンを超える主力製品に成長した

1956年、京都工場の「エスロンパイプ」初荷
1956年、京都工場の「エスロンパイプ」初荷

当時の京都工場・本館
1954年7月、塩ビ管にJIS規格
1955年3月、京都工場JIS規格表示工場に指定

生産基盤の強化―工場建設ラッシュ

積水化学は、1953年に尼崎工場を開設し、同年に東京工場を開設して東日本地区での生産拠点を確保しました。1956年には大阪で2番目の大阪旭工場を開設し、日本初のプラスチック製雨とい「エスロン雨とい」の開発に取り組んでいます。そして、1957年には、奈良に新工場を設置。従来の奈良工場の成型設備を移設し、合わせて成型設備を増設した、新しい奈良工場は東洋で最大、世界でも有数のプラスチック成型工場となりました。

さらに経済成長による需要拡大に対応すべく、1960年に、滋賀栗東工場、滋賀水口工場を開設しました。滋賀栗東工場は、現在の環境・ライフラインカンパーの主力工場に、滋賀水口工場は、高機能プラスチックスカンパニーの主力製品である合わせガラス用中間膜の日本の生産拠点に発展していきます。そして1962年には、東京工場に続く関東の生産拠点として、武蔵工場を開設。首都圏での包装資材の需要増に対応し、テープ、フィルムの生産体制を整備しました。また1970年には、最新鋭の可塑剤工場となる堺工場を開設するなど、日本の高度経済成長のスタートと前後して、積水化学は、着々と基盤を拡大させていきます。

また、生産基盤の拡充と並行して、1961年には水無瀬(大阪府)に中央研究所を開設して、さらに際立つ新製品開発のための研究開発と技術革新に取り組んでいます。
 

滋賀栗東工場(1962年頃)
滋賀栗東工場(1962年頃)

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