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自然に学ぶ研究事例

第153回極海に生きる魚に学ぶ不凍タンパク質の合成
材料・デバイス開発
昆虫資源
フッ素化学で小分子不凍タンパク質をつくる
極寒の海の中でも生存することができる魚たち。 その秘密は、暖かい海に暮らす魚にはない、 氷点下でも血液を凍らせない特殊なタンパク質だ。 極海に生きる魚に学ぶ不凍タンパク質の合成とは?
極寒の海で生きるスケトウダラ
極寒の海で生きるスケトウダラ

北太平洋に広く分布するタラの仲間。寒冷地の海に生息するさまざまな種類の魚は不凍タンパク質をもつと考えられるが、スケトウダラはその代表的な魚の1つ。背景の海はイメージ写真で、流氷に覆われたオホーツク海。

北極や南極をはじめ、海面が氷結する極寒の海では水温が−2~3℃となり、通常の魚たちは血液が凍ってしまうために生きることができませんが、凍結することなく元気に泳ぐ魚たちがいます。1969年、そのような魚たちの秘密を探る研究によって血液中から発見されたのが、不凍タンパク質と呼ばれる物質でした。氷の結晶に結合して凍結温度を下げ、その成長を抑制することがわかったのです。その後の研究で、寒冷地の植物や菌類などからも不凍タンパク質が発見されています。

不凍タンパク質には、凍結による細胞の破壊を防ぐ(アンチフリージング)だけでなく、乾燥から細胞を守って寿命を延ばす(アンチエイジング)機能があることがわかっており、冷凍食品や化粧品などに使用されています。それらは、寒冷地に生息する魚から抽出したものが多く利用されていますが、たとえば1キログラムの不凍タンパク質を得るためには、100トン程度の魚が必要だと言われています。

そこで、高機能なものを安定的に供給するために、フッ素を利用して有機合成しようという研究が行われています。アミノ酸と糖に、親水性の高い官能基と水をはじくフッ素を組み合わせて3次元構造のタンパク質分子をつくることで、氷の成長を抑制できるのではないかと考えたのです。分子量が巨大なタンパク質の合成は非常に難しいため、自然界の100分の1程度の分子量に小分子化しものをさまざまに設計し、合成する研究が進められています。

これまでに、不凍活性の可能性を示す小分子がいくつか見つかりました。不凍タンパク質は、細胞保存などの実用化が期待されますが、たとえば木材、セメント、塗料などの凍結を防いだり、生体以外のさまざまな物の寿命を延ばす“暮らしのアンチエイジング”素材としても大きな可能性を秘めているのです。

柴田哲男 教授

名古屋工業大学 大学院工学研究科

化学者に必要な創造力は、感動から生まれる
私は、長年にわたってフッ素化学の研究を行ってきました。フッ素は、わずか1原子で化合物の極性を大きく変えるという特性があり、さまざまなフッ素有機化合物が医薬や材料分野などで使用されています。私もライフワークとして、フッ素を使って生命科学を担う分子をつくりたいという思いがあります。この研究も、その発展型の1つになります。 化学者として大切にしているのは、感動すること。そもそも、私が化学者になったのは、カビからペニシリンが生まれた話に感動したことが大きな要因で、「カビよりも上手にフラスコでペニシリンをつくってやる」と意気込んでいた時期もありました。結局カビには勝てませんでしたが…。化学者には創造力(クリエイティビティ)が必要ですが、それは感動から生まれると思っています。学生には、できるだけ早い時期に感動を体験してもらいたいですね。

トピックス
不凍タンパク質は、南極海に生息するコオリウオの仲間から初めて発見されました。その後、私たちになじみの深いタラやカレイの仲間をはじめ、さまざまな寒冷地の海に生息する魚たち、クワガタなどの昆虫類からも発見されています。植物では麦の仲間、アブラナ科の植物、ジャガイモや人参など多くの報告があります。菌類では、シイタケ、エノキ、ブナシメジ、エリンギ、ナメコなどのキノコ類からも発見されています。実際に、カイワレ大根やエノキタケから抽出した不凍タンパク質は実用化されています。このように多くの不凍タンパク質を含む生物の探査や抽出精製技術の開発が活発に行われてきたことは、それだけ不凍タンパク質が食品や医療分野で注目されてきたからにほかなりません。そして新たな取り組みとして、有機合成による大量生産技術に期待が寄せられているのです。
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