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自然に学ぶ研究事例

第67回海産無脊椎動物に学ぶ天然物化学
医療技術
水生生物資源
海が育む生物の神秘を解明する
地球上で広大な面積を占める海洋は、多種多様な生物の宝庫といわれ、未知の生態があふれている。陸上生物とは大きくかけ離れた環境で生存する、海産無脊椎動物に学ぶ天然物化学とは?
スナギンチャクと共生するカビ(Aspergillus fumigatus)
スナギンチャクと共生するカビ(Aspergillus fumigatus)

サンゴ礁の先端部分に貼り付いたスナギンチャク(写真上、灰色部分)は、脊椎をもたず、体内に砂を取り込んで体を支えることから名付けられた。スナギンチャクの表面にはカビ(写真下、光学顕微鏡で撮影)が付着し、その生産物がスナギンチャクを紫外線から守っていると考えられる。

陸上の生物とは異なる進化を遂げ、特殊な環境下で生存する海洋生物は、数十万種とも百万種以上いるともいわれています。その豊富な海洋生物からさまざまな生物活性物質を見出し、医薬品などへ利用しようという研究が活発化しています。すでに、抗菌、抗カビ、酵素阻害、抗酸化、抗腫瘍性など多彩な活性物質が発見され、利用されはじめているのです。

 

亜熱帯のサンゴ礁海域に生息する無脊椎動物のスナギンチャクからは、無毒で骨重量および骨の強度を増大させる作用がある物質(ノルゾアンタミン)が発見されています。卵巣を摘出した骨粗鬆症モデルのマウスに投与したところ明らかな効果が見られたのです。では、脊椎をもたないスナギンチャクが、なぜこのような物質をもっているのか? 実は、スナギンチャクに共生するカビが、住まいと栄養分の対価として、この物質を生産してスナギンチャクに提供していることもわかりました。

 

これまでの研究から、この生物活性物質が、荒波にもまれつつ強い日差しにさらされて生きるスナギンチャクに対して、紫外線などの外的ストレスからタンパク質を保護し、その分解を抑制しているのではないかと考えられています。そして実際に、タンパク質の一種であるコラーゲンの分解を抑制し、細胞外マトリックス領域(細胞を取り囲む物質群)のコラーゲン量を増大させる効果もあることが実験で確認されています。

 

毒性がなく副作用の心配が薄いことから、現在、骨粗鬆症やケガの治療薬としての応用を図るため、活性のメカニズムを解明し、よりシンプルな構造で同等に作用する化合物を設計する研究が進められています。生産者であるカビは培養が難しく、スナギンチャクそのものを大量採取することは種の絶滅が危惧されます。安定的にかつできるだけ低コストで供給するために、天然化合物を化学の力で再現しようとしているのです。

福沢世傑 助教

東京大学大学院理学系研究科

生物の立場にたって考えてみる
自分で潜って採集した生き物に、どんな有用な物質があるかを調べるのは、宝探しのようで面白いですね。環境がまったく違うところで生存する海の生物は、陸の生物では見られない構造を有する物質をもっています。海という厳しい環境の中で、どのように共存共栄しているのかを考えると、物質を通したケミカルコミュニケーションがあるはずなのです。どういった化合物が生産され、やりとりされ、どのような働きをしているのか…。そのメカニズムを明らかにし、それをフィードバックすることで私たちに役立つものづくりのヒントがあるのではないか、それが私の研究の原点になっています。 この生物は、なぜ、そこにいるのか。なぜ、こういう物質をつくっているのか。ある環境で生きている生物の立場にたって考え、環境をよく理解すると、それまで見えなかった新たなものが見えてくるように思います。

トピックス
海洋性無脊椎動物は、刺胞動物(くらげ、さんご、いそぎんちゃくなどの仲間)、軟体動物(巻貝、二枚貝、うみうし、いか・たこなどの仲間)、緩歩動物(くまむしの仲間)、節足動物(ふじつぼ、えび、 かに、やどかりなどの仲間)、棘皮動物(ひとで、うに、なまこなどの仲間)ほか、実に多くの種類が確認されています。そして、さまざまな形で有用物質の探索、抽出、応用研究が進められています。たとえば、米・ボストン大名誉教授の下村脩氏が、オワンクラゲの仲間から発光タンパク質を見つけて2008年にノーベル化学賞を受賞したことは大きな話題となりました。がん細胞、ハンチントン病やアルツハイマー病の細胞などを緑色に発光させることで、それまで見ることができなかった増殖の様子などを顕微鏡で観察できるようになり、生命科学の発展に大きく寄与したと言われています。あるいは、イソギンチャクやイモガイから抽出されるペプチド毒素は、神経チャネルを遮断する作用があることから鎮痛剤としての応用が進められ、すでに鎮痛剤が実用化されています。あるいは、最近は異常発生で漁業被害が問題視されている「エチゼンクラゲ」を有効利用できないかという研究では「クラゲ由来ムチン」が発見され、関節症治療などへの応用が期待されているのです。海洋性無脊椎動物は、有用物質の宝庫と言えるのではないでしょうか?
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