自然に学ぶ研究事例
第9回 最終回 | タンパク質に学ぶ人工分子シャペロン |
酸素を助け、異物を挫く生命防御の指南役
核の指示に従い、生体内で活躍するタンパク質。
なかでも分子シャペロンは、ナノの世界の運動、防御を司り、正常な生命活動を制御する。
免疫力向上にも貢献する、生体高分子に学ぶ新技術とは?
ナノゲル
糖鎖が分子間力でつながり、三次元の網目構造をつくるナノゲル。細胞の中へ取り込まれやすい特徴を持ち、その内部にさまざまな物質を抱え込むことができる。また、 シクロデキストリンという分子によってナノゲルを壊し、抱え込んだものを自在に取り出すことも可能。 写真は蛍光を強く発するナノ微粒子を包んだナノゲルが細胞内に効率よく取り込まれている様子。ナノゲルは種々の生理活性物質のキャリアとして期待されている。
アミノ酸はゲノムの指示(遺伝情報)によって長い鎖がつくられ、さらにまたゲノムの情報により様々な形に組み立てられ(折り畳まれ)て、「たんぱく質」に なります。いろんな形に組み立てられた(折り畳まれた)たんぱく質が体の骨や筋肉などの体の部位を構成していて、この組み立て(折り畳み)の過程をフォー ルディングと呼びます。
なかでも分子シャペロンと呼ばれるタンパク質の複合体は、生成段階における折り畳みの手助けをはじめ、酵素の熱変性の抑制、異物の防除、排除を担う、いわばタンパク質が各々の役割を遂行するための「介添え役」「指南役」として機能している重要な物質です。
分子シャペロンは、有害な変性タンパク質を抱きかかえて正常なものへと戻し、修復後に放出するなどの働きも示します。世界中の人々を悩ませているアルツハイマー病や、BSEで話題となったプリオン病。その原因タンパク質の接着や凝集を防止する能力さえも持っているのです。
タンパク質が生体内で本来の目的を遂行するために行うフォールディングですが、何らかの状況(例えば熱や圧力、溶液の pH 値など)によって、それぞれが寄り集まって凝集しフォールディングがうまく行えなくなってしまう場合があります。これをタンパク質の変性といい、変性した 蛋白質は、疎水結合、水素結合、イオン結合の多くが破壊されその本来の機能を失ってしまいます。哺乳類の脳・脊髄に分布するタンパク質の一種プリオン。そ れが変性すると正常なプリオンではなく立体構造が違う異常プリオンがつくられます。これがBSEの原因となっているのです。
こうしたタンパク質の形成原理を応用し、分子シャペロン同様の優れた機能を持つ「ナノゲル」の開発が研究されています。多糖にわずかな疎水性の“のり”を つけ、自己組織化によって構築された人工分子シャペロン。それは、マイクロメートルサイズの血管をすり抜け、さまざまな生体内作業をこなします。
薬物送達システムの運び手として利用すれば、ガンワクチンや遺伝子キャリアとして応用することが可能です。 既存のワクチンでは効果が低かった抗原でも、免疫力を高めるといった実験結果も出ています。さらには、タンパク質・酵素の再生・安定化システムや人工タンパク質の効率生産システムなど、医療を超えた幅広い産業分野への応用も期待されているのです。
秋吉 一成 教授 東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
生命現象を科学の言葉で理解する |
脂質、糖質(炭水化物)とならび、食品の三大栄養素とされるタンパク質は、生体において筋肉・内臓・皮膚・血液・髪の毛などを構成し、体重の約1/5を占める主要な成分です。また、病気に対する抵抗力をつけたり、神経伝達物質(ドーパミン・セロトニン・ノルアドレナリンのような人間の感情を伝達する為のホルモン)を合成したり、皮膚の色やお酒に強いか弱いかなどの体質を決定しているのもこの要素です。不足すると体力が衰え疲れやすくなったり、記憶力・思考力が減退し健康的な生活が送れなくなってしまいます。
皆さんが食品から摂取したたんぱく質は、体内で消化され、一度小さなアミノ酸に分解されます。そして再び、体の各部分をつくるのに適した、様々な種類の新しいたんぱく質につくりかえられているのです。ちなみに、たんぱく質は英語で「プロテイン」。これはギリシャ語で「第一の」「重要な」という意味の言葉から生まれたもので、また、漢字で書いた蛋白質の「蛋」は卵を意味しています。