自然に学ぶ研究事例

第13回 生体システムに学ぶ微粒子技術
材料・デバイス開発
生体機能
環境に応答した微粒子の七変化
栄養の摂取と排泄、免疫反応、そして治癒と再生。 そこには生体の超構造体が関与する動的システムが存在する。 そこに人為操作を施した時、生物は何を生み出すのか。 生体超構造体を形づくる微粒子に学ぶものづくりとは?
微粒子構造体
微粒子構造体

写真は、柔らかい微粒子がお互いに触れ合いながら、自らの形状を変化させ密着し、微粒子にとっ て最も安定した“蜂の巣”のような形をつくり出している様子。さらに、小さな微粒子は大きな微粒子がつくり出す谷に運ばれ、新しい形が生みだされている。 これらの過程は極めて少ないエネルギーしか必要とせず、生体では、こういった段階的な形づくりが頻繁に行われている。

臓器・骨・筋肉など、生物の組織はすべて細胞が作り出した階層性を持つ構造体です。そしてその細胞も、タンパク質をはじめとする、さらに小さな微粒子から 形づくられています。それぞれ異なる機能を持った微粒子は、生体という社会のなかで自分のあるべき場所と役割を見つけ、その任務を全うしているのです。

こうした微粒子の性質を人為的に操作できれば、望む機能を発現する構造体を生み出すことができます。例えば、半分が親水性、もう半分が疎水性の微粒子を水 面に展開させると、空気中には疎水性部分が顔を出し、親水性部分は水中に沈みます。この操作で生み出された、濡らした時は親水性、乾かすと疎水性になる機 能性素材は、印刷技術や表示技術への応用が可能です。

pH変化によって膨潤収縮する微粒子を鎖状に繋ぎ合わせた構造体は、pHの変化によって生き物のような伸び縮み運動を始めます。一つの粒で見ると、その直 径が大きくなったり小さくなったりしますが、チェーンにすることで全体が長くなったり短くなったりするわけです。つまり、微粒子を組み合わせることによっ て、新しい“動き”が生み出されたのです。このような作用を利用して、線虫のような多様な動きをするマイクロアクチュエータが試作されています。また、同 じ微粒子を隙間なく敷き詰め、pHを変化させると、それぞれが膨潤収縮を繰り返し、昆虫の複眼のような秩序だった配列が形づくられていきます。

そして、血管の内皮細胞をモデルに、ゲル内部に二次元的に微粒子層を配列してつくられた粒子ゲル薄膜。これは、しなやかさと温度によって形態が大きく変化 するという特徴をもっていますが、光の散乱・干渉を発現する光学材料としての利用が考えられます。さらには、微粒子を集積化させた三次元カプセルなど、異 なる種類や大きさの微粒子の組み合わせによっても、いろいろな組織体をつくることができます。このようにナノからマイクロメートルにわたる微粒子の構造体 は、マイクロマシーンの駆動部、光を操るデバイス、誤差やノイズを生まない産業材として、さまざまな活用が期待されているのです。

多種多様な因子が相互に作用してネットワークをつくっている生体。そこには秩序立った動的システムが存在します。そのメカニズムを知り、それを応用、制御する新たなアプローチは、再生医療やソフトマテリアルの未来も切り拓いていくはずです。

藤本 啓二 助教授

慶應義塾大学大学院 理工学研究科

形や色に惑わされない、生体の本質を探り続ける
精妙な生体システムの根底にある秘密に触れ、感じ取ったものを抽象化することでデザインに活かす。また、生体システムに対し、あえて人工的な操作を施し、 その反応や機能の解析を試みて、その成果をものづくりに応用する。これが私のオリジナルな研究姿勢です。 これまでバイオ研究は、生物の表に現れる現象に関心が集中し、生物間、細胞間の環境や相互作用の意味までは充分な研究が及んでいませんでした。しかし、こ れからは環境を科学的に変えると、関係性が変化し、生体はそれをどのように関知して、どのように反応するのかといった研究が台頭してくると確信していま す。例えば、微粒子材料を用いてガン細胞の応答性を制御することで、その機能を奪ったり、増殖を停止させることもできるでしょう。これまで培ってきた界面 の解析と機能性微粒子の創製技術は、触媒合成、再生医療など、幅広い産業に応用できるはずです。これからも形や色だけにとらわれない生体の本質を意識し、 研究とものづくりの橋渡しを続けていきたいと思っています。

トピックス
物質を細かくすると体積は減りますが、全体の表面積は増えます。表面積が増えるということは、空気や水をはじめ他の物質と接する面積が大きくなり反応を起こしやすくなります。また、物質同士の相互作用も粒子が大きいものどうしより強固になり、同じ素材でも細かい粒子を原料とすることで新しい機能をもつ製品が生まれてきたのです。たとえば、ファインセラミックのファインは、英語できめ細かいという意味がありますが、非常に細かい原料を高温で焼き固めることで、従来のセラミックスとは比べものにならないほど薄くて丈夫な焼きものが可能になったわけです。このように、微粒子はこれまでもさまざまな工業製品の原材料として利用されてきました。近年では、直径0.1ミクロン以下の「超微粒子」の利用がさまざまな分野で盛んになっています。そして、大きな物質を粉砕して微細な原料とすることには限界があり、より微細なナノ粒子を求めて、分子や原子レベルから微粒子をつくるビルドアップ型をはじめ、新たな設計技術の開発も活発化しています。
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