自然に学ぶ研究事例

第21回 最終回 金属クラスターに学ぶ超分子材料
材料・デバイス開発
鉱物資源
有機 - 無機でつくるハイブリッド材料
ナノテクノロジーの進展は、分子間の相互作用で分子を自己集合させる“超分子”の世界を拡大させつつある。 塊とも、単一分子とも異なる機能を発現する、金属クラスターに学ぶ超分子材料とは?
有機 - 無機ハイブリッド材料
有機 - 無機ハイブリッド材料

写真は、金属クラスターと有機物であるカリックスアレンの複合結晶を、金属顕微鏡で簡易偏光レンズを使い撮影したもの。カリックスアレンという名称はギリ シャ語の「カリックス=杯」に由来するもので、カップのような構造のくぼみに小分子を取り込む性質があり、疎水性を示す。親水性の金属クラスターとの複合 化により、取り込む物質の選択制御が可能になる。
撮影協力:オリンパステクノラボ東京

地球上の物質は、一般に、炭素と他の元素の化合物である有機物、それ以外の無機物に分けることができます。代表的な無機物である金属は、おもに無限個の金属元素を含むバルク材(塊)の形で産業用に使われてきました。そして、その対極にある金属錯体と呼ばれる物質は、1個~数個の金属原子が核となり、さまざまな形で他の分子と結びついて存在しています。血液中で酸素を運ぶヘモグロビンも鉄錯体です。そうした結びつきの機能を活かし、錯体は触媒や環境浄化材などに利用されてきました。

そして近年、バルク材と錯体の間に位置する“金属クラスター”が注目されています。これは、原子が10~1000個ほど集まった数ナノメートルの大きさのもので、さまざまな機能材料として利用する研究が進んでいるのです。たとえば、反応性に乏しい金はもともと触媒の性質はないと考えられていたのですが、数ナノサイズにすると、低温でも一酸化炭素などの有害物質を分解する高度な触媒機能をもつことが、明らかにされています。

現在、こうした金属クラスターと有機物を組み合わせ、無機と有機の性質を併せもつハイブリッド材料をつくる研究が行われています。たとえば、親水性の無機物と疎水性の有機物を分子間の相互作用によって規則的に配置させると、多孔質の構造体ができ、それらの孔に水や油は取り込まないのに、アルコールは取り込むという性質が現れます。この特徴を活かせば分離材料として活用できるでしょう。

また、金属クラスターの可視吸収(=色をもつ)や蛍光性などの性質を利用して、取り込んだ物質によって色が変化するセンサーとして用いたり、その物質をクラスターのもつ触媒作用によって分解・無害化しようという研究も始まっています。錯体では不可能だった重金属や環境ホルモンなどの有害物質の検出や除去が可能になると期待されているのです。

小西克明 助教授

北海道大学 創成科学共同研究機構・流動研究部門/大学院地球環境科学研究

環境修復から多機能インテリジェント材料へ
この10年ほどで、1~2ナノという非常に見えにくかった世界が見えるようになり、金属クラスターに注目が集まるようになりました。高度な触媒活性、電 気・磁気的にも、蛍光や発光という光学的にも優れた特性が徐々に発見されつつあります。われわれは、そのような機能を活かすために、柔軟な分子設計が可能 な有機物を用いて、金属クラスターの表面に「規制された認識や反応の場」をデザインすることに研究の主眼をおいています。有機-無機という性質が異なる2 つの物質群が出会うことで、従来にない革新的な材料開発が可能になるはずです。
現在は、匂い成分の吸着や有害物質のセンシング、マイクロプラント用の物質運搬などを研究していますが、ゆくゆくは、ドラッグキャリアをはじめとする医療材料へと発展させていきたいと考えています。

トピックス
無機-有機のコンポジット(複合)材料として最も一般的なものに、FRP(繊維強化プラスチック)があります。軽量で成形性の良いプラスチックに、グラスファイバーや炭素繊維などの骨材を組み合わせることで強度をもたせたもので、住宅機器から航空・宇宙分野までさまざまな分野で利用されています。 そして、無機-有機のハイブリッド材料は、両者の特性を合体させるだけでなく、それぞれを分子レベルから粒子レベル(クラスター)で複合化することによって、個々では持ち得なかった新たな物性や機能を発現させることができるのです。すでに、金属クラスターは、材料が同じでも大きさが違うと異なる性質が現れることがわかっています。有機-無機の組み合わせは無限に存在し、その開発分野は、触媒や分離材料、光学材料、生体適合材料、目的とする細胞に直接治療薬を運ぶドラッグ・デリバリー・システム(DDS)、エネルギー変換や水素吸蔵材料など、実に多岐にわたっています。そう遠くない将来、金属クラスターを使ったハイブリッド材料がノーベル賞にノミネートされる時が確実に来ることでしょう。
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