自然に学ぶ研究事例

第22回 最終回 真珠の構造に学ぶ複合強化材料
材料・デバイス開発
水生生物資源
硬と軟の出会いが生む強さの秘密
自然界には、超微細で複雑な構造がさまざまに存在し、思いもよらない機能を発揮している。 その1つとして注目される、美しさのみならず強さをも生む、真珠の構造に学ぶ複合強化材料とは?
真珠の超微細な積層構造
真珠の超微細な積層構造

炭酸カルシウム層の厚みは0.5ミクロン程度で、タンパク質の層は数ナノメートルという薄さ。2種類の層が、同心円状に何重にも積層して真珠が形づくられ るが、タンパク質は接着剤のような役割をすると考えられている。それぞれの層で反射した光どうしが干渉して、真珠の美しい光沢を生む。また、2種類の層は 弾性率(バネの性質)が異なり、その著しい差が亀裂先端での力の増幅を防いでいる。
写真提供:Dinesh Katti 教授

 神秘的な輝きが珍重される真珠。その美しい輝きが、炭酸カルシウムの硬い層とタンパク質の軟らかい層の微細な積層構造から生まれることは、古くから知られていました。そして近年になって、その構造が、驚くべき強さの基であることもわかってきたのです。体積でみると、タンパク質の層は炭酸カルシウムの100分の1しかありませんが、炭酸カルシウムだけでつくった場合の3000倍も強靱になるといいます。その秘密はどこにあるのでしょう?

 

たとえば、1枚の紙の両端を持って左右に引っ張っても簡単には破れません。ところが、引っ張る方向と垂直にちょっとでも亀裂があると、引っ張る力が亀裂の先端に集って大きくなり、そこから破れ始めます。一方、真珠のような積層構造では、軟らかい層によって硬い層が独立したような状態になっているため、亀裂ができても1カ所に力が集中せず、壊れにくいことが、理論的に明らかにされたのです。

 

また、粘着シートやパッド、吸水素材など工業用から医用分野まで利用されている高分子ゲルという物質は、高分子の鎖のひもが三次元の網目構造になっています。柔軟性、弾力性、非流動性、導電性、接着性など固体材料にはない優れた特性が注目され、さまざまな製品へ利用されていますが、内部に多量の水を含むゲルは、本来、丈夫ではないことが欠点ともいえるのです。しかし、硬いゲルと軟らかいゲルが絡み合った“ダブルネットワークゲル(複合網目構造体)”が、従来の高分子ゲルの数百倍と非常に丈夫になることが実験で示され、その理由も解明されつつあります。これは、動物の軟骨の構造にとても近く、人工軟骨をはじめとする生体材料への応用研究が期待されています。

 

軟らかい物質が、どう作用して強さを生むのか。この理由を物理的に理解しながら複合材料を開発していけば、きっと従来の機能をはるかにしのぐ物質の誕生へつながっていくに違いありません。

奥村 剛 教授

お茶の水女子大学 理学部物理学科

神秘的な輝きが珍重される真珠。その美しい輝きが、炭酸カルシウムの硬い層とタンパク質の軟らかい層の微細な積層構造から生まれることは、古くから知られていました。そして近年になって、その構造が、驚くべき強さの基であることもわかってきたのです。体積でみると、タンパク質の層は炭酸カルシウムの100分の1しかありませんが、炭酸カルシウムだけでつくった場合の3000倍も強靱になるといいます。その秘密はどこにあるのでしょう?

 

たとえば、1枚の紙の両端を持って左右に引っ張っても簡単には破れません。ところが、引っ張る方向と垂直にちょっとでも亀裂があると、引っ張る力が亀裂の先端に集って大きくなり、そこから破れ始めます。一方、真珠のような積層構造では、軟らかい層によって硬い層が独立したような状態になっているため、亀裂ができても1カ所に力が集中せず、壊れにくいことが、理論的に明らかにされたのです。

 

また、粘着シートやパッド、吸水素材など工業用から医用分野まで利用されている高分子ゲルという物質は、高分子の鎖のひもが三次元の網目構造になっています。柔軟性、弾力性、非流動性、導電性、接着性など固体材料にはない優れた特性が注目され、さまざまな製品へ利用されていますが、内部に多量の水を含むゲルは、本来、丈夫ではないことが欠点ともいえるのです。しかし、硬いゲルと軟らかいゲルが絡み合った“ダブルネットワークゲル(複合網目構造体)”が、従来の高分子ゲルの数百倍と非常に丈夫になることが実験で示され、その理由も解明されつつあります。これは、動物の軟骨の構造にとても近く、人工軟骨をはじめとする生体材料への応用研究が期待されています。

 

軟らかい物質が、どう作用して強さを生むのか。この理由を物理的に理解しながら複合材料を開発していけば、きっと従来の機能をはるかにしのぐ物質の誕生へつながっていくに違いありません。

全体を俯瞰して、現象の普遍的性質を探る
かつては素粒子の研究をしていましたが、当時は純粋に数学が好きで、自分自身が楽しいから研究していたと言えます。その後、レーザー光で物質の構造や様態を探る研究に携わる機会を得て、自分の導いた理論が人の役に立つことがあるということを知りました。
現在、印象派画家たちのように、詳細にはあえて目をつぶり、普遍的でシンプルな理論(印象)を導き出すことで、本質を直感的に理解するという“印象派物理学”の精神を実践しています。
たとえば、高分子はビーズが連なったような形状をしていますが、ビーズの形に関わらず、ひも状であるというだけで、普遍的な性質を持っているのです。私自 身は直接ものづくりをしませんが、材料開発などの現場で役立つような具体例で“印象派の精神”を示し、その結果を広くものづくりに還元できるような研究を 進めていきたいですね。

トピックス
真珠に限らず、自然界にはさまざまな層状構造が存在し、貝殻や骨は、究極の複合材料モデルとも言われています。たとえば、アワビの殻。皆さんご存じかと思いますが、アワビの殻の内側は真珠層になっていて真珠と同じように7色に光っています。このアワビの殻は、トンカチでたたいてもなかなか割れず、車でひいても壊れないほど丈夫だと言われており、その強さを、セラミックスに応用しようという研究も行われています。 セラミックスは、陶器や磁器、レンガ、タイル、ガラス、石膏など、土や鉱物の粉末を焼き固めたもので、日用品以外に、電子部品、車やロケットのエンジン部品、医療用材料と、実にさまざまな分野で利用されています。そして、資源や環境対応などの観点から、今後もその利活用が期待されているのですが、もろいという欠点があります。そこで、近年発達したナノテクノロジーによって、セラミックスと高分子で真珠層のようなミクロンからナノサイズの薄膜をつくり、何層にも積層することで、アワビの殻のように割れない丈夫なセラミックスをつくろうという研究が進められているのです。 これはほんの一例ですが、積層構造はさまざまな機能性材料に応用されています。
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