自然に学ぶ研究事例
第33回 最終回 | 熱水噴出のプロセスに学ぶ有機物合成 |
マグマに温められた数百度の熱水が噴出し、周辺の4℃の海水によって冷やされる。噴出孔の近くでは、超臨界あるいは、亜臨界状態となっていると考えられている。煙のように灰色に濁って見えるのが、急激に冷えて溶けきれなくなった金属を含む噴出水である。
写真提供:独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
いま、化学工業においては、有害な物質を使わない、廃棄物を出さない製造プロセス「グリーンケミストリー」が重要課題となっており、それを実現する魔法の水として、“超臨界水”が注目されています。水は374℃、218気圧という臨界点を超えると、密度や誘電率、溶解度などの物性が大きく変化し、液体でも気体でもない状態になります。これを超臨界水と呼び、100℃以上で臨界点に至る前のものは、総体で亜臨界水と呼ばれています。超臨界水には、油をはじめ、普通の水には溶けにくい物質を溶かすという性質が現れます。その特性が、産業排水に含まれる有害物質の分解除去など、環境浄化にも役立てられています。たとえば、ダイオキシンやPCBなども完全に分解して無害化する装置が実用化されており、従来の方法よりも短時間で処理ができ、しかも環境への負荷を低く抑えられるという利点があります。
超臨界水との関係で興味深いのが、深海で300℃以上の熱水を噴き出す“熱水噴出孔”です。マグマにしみこんだ海水がプレートの境目などから再び海底に湧き出す熱水噴出孔は、1977年に初めて発見されて以来、世界のあちこちの海で次々と見つかっています。そして、その周辺で存在が確認された超好熱菌(古細菌)は、生物の起源につながるものではないかという説があります。タンパク質の生成に不可欠な酵素が存在しない太古の海で、生物はどうして生まれたのか? その秘密が、高温高圧の熱水噴出と、海水による冷却作用にあるのではないかと考えられ、熱水を使ったタンパク質の合成実験が行われたのです。
すでに、亜臨界水を用いた、酵素を使わないペプチド(短いアミノ酸重合物)の生成が報告されています。また、空高く熱水を噴き上げる間欠泉にヒントを得た、超臨界水を1気圧の環境に噴出させて速やかに冷却する反応装置が開発され、より長鎖のペプチドや、新しい蛍光材料なども創成されました。
クリーンな化学合成を実現する超臨界水とその冷却プロセスの研究は、さまざまな有機材料を生み出しながら、生命誕生の謎に迫る可能性をも秘めているのです。
二村泰弘 研究員 国立国際医療センター 研究所 試行錯誤の中で、原理原則を探す |