自然に学ぶ研究事例
第35回 最終回 | 生物の羽に学ぶ膜面構造物 |
トンボの羽化には、腹でぶらさがる倒垂(とうすい)型と、頭を持ち上げる直立型の2種類がある。倒垂型のギンヤンマの終齢幼虫は、支柱に登って羽化をはじめ、最初頭を下にぶら下がるが、途中で向きをかえて羽を下(重力方向)に向ける。
人工衛星のアンテナ、太陽電池パネル、宇宙帆船「ソーラーセイル」。宇宙用の大型構造物は、ロケットに搭載して打ち上げるため、できるだけ軽く、コンパクトに収納する必要があります。そのため、小さく折り畳んでおいた薄膜をガスで膨らませたり、支柱を伸ばしたり、遠心力を利用したりとさまざまな工夫によって、宇宙で数倍から十数倍という大きさに展開させる研究が、世界的に行われています。
しかし、膜面にシワやよれがあったり、形にゆがみができたりすると本来の役割をきちんと果たせません。たとえば反射面が鏡のように均一でキレイに張った表面でなければ、遠くの天体を見る望遠鏡や、大容量の情報を送受信するアンテナはできません。また、一度展開した膜面を宇宙でうまく収納する技術はまだありません。そうした問題を解決するヒントが、実は、生物の“羽”にあったのです。
トンボやチョウなどの昆虫は、羽の翅脈に流れる体液と重力を利用して羽化します。また、コウモリは自分の翼をキレイに畳んでマントのように身にまとい、飛ぶたびに開いたり閉じたりしますが、それは格子状の繊維と皮膚でできた伸縮性の高い翼膜が可能にしています。このような生物の“羽”の構造と変身のテクニックを、宇宙構造物の収納と展開に活かせないかと考えたのです。
現在、そうした“羽”の知恵を取り入れた、新発想の構造物の試作も進んでいます。その1つが、ロールアップカーテンのような薄膜太陽電池パネル。支柱となる薄膜プラスチックチューブを羽の翅脈にみたて、収納したチューブを膨らませて少しずつ押し出して、紫外線で硬化させていく仕組みです。
こうした研究が進展し、再収納できるようになれば、宇宙空間で閉じたものをまた展開させて再使用も可能になります。そして、役目が終わった後は宇宙空間に放置し宇宙のゴミとせざるを得なかったものを回収でき、環境的にも貢献することになるのです。
樋口 健 助教授 岸本 直子 招聘開発員 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 宇宙と対極の生物に新しいアイデアを探る |