自然に学ぶ研究事例
第36回 最終回 | 貝殻に学ぶ結晶構造の制御 |
写真は、(上段左)傷つけたばかりの真ガキ (上段右)12時間後 (中段左)24時間後 (中段右)36時間後 (下段左)120時間後 (下段右)172時間後の様子。12時間経つと、外套膜(写真の茶色い部分)が張りだしてきて貝殻をつくり始める。最後の写真では、透明ながら貝殻の形ができあがっている。
海に暮らすさまざまな貝は、それぞれ独自の形の貝殻をもっています。たとえば、速い流れに負けない重厚な貝殻をつくるハマグリ、泥の中に沈まないように軽い貝殻をつくるカキ。ともに方解石と同じ結晶構造を基本としながら、有機物を巧みに混ぜ込むことによって、生息環境に合わせて身を守るための家づくりを工夫しているのです。
カキの貝殻は、外側は柱が並んだような硬い稜柱層、中層は空洞があるチョーク層、内側は真珠に似た積層構造と、3層をつくりわけて軽量でありながら丈夫さをも実現しています。炭酸カルシウムの結晶とタンパク質という材料で、さまざまな構造を自在につくることができるのは、なぜなのでしょう?
貝類は、殻のすぐ内側にある外套膜の最も外側部分に“貝殻工場”をもっています。外套膜はホタテや赤貝ではヒモといわれる部分で、カキの場合は身の周りの端が黒っぽくひらひらしたところです。3層をつくり分ける真ガキの貝殻工場で特異的に発現する遺伝子を調べたところ、なんとクモの糸の遺伝子に相同な配列が発見されたのです。そして、クモがエサを捕らえる粘着糸タンパク質領域と、ダニなどにも見られる結合活性が高いセメントタンパク質領域をもつペプチドが、真ガキの複雑な貝殻づくりを制御していることがわかってきました。
このペプチドを合成して、人工貝殻をつくる実験が進められています。結合活性をもつ配列に手を加えると結晶がつながり、配合を変えることで、球体や角柱様のもの、花のようなもの、幾何学的なものなど、多様な形状のブロックができることも観察されました。セルロース成分を加えると結晶化が促進されることも確認されました。たとえば、コンクリートに代わる環境に優しい建材の開発、粘着性を活かした汚水処理への利用などが進められています。また、骨の成分であるリン酸カルシウムを使えば、再生医療用の生体材料への道も拓かれるでしょう。材料と配合の工夫次第で、人工貝殻は幅広い分野での応用が期待されているのです。
豊原治彦 助教授 京都大学大学院 農学研究科 海の生物のスーパーパワーを社会に活かす |