自然に学ぶ研究事例
第38回 最終回 | モータータンパク質に学ぶ分子機械 |
細胞内に放射状に広がる微小管は、キネシンなどのモータータンパク質が動くレールであり、細胞の成長や分裂に関与する細胞骨格である。写真は、ラットカンガルーの腎臓由来の細胞(PtK2)を落射蛍光顕微鏡で撮影したもの。緑色が微小管、青色は核、赤色はアクチン繊維。
撮影協力:オリンパステクノラボ東京
私たちの体の中では、タンパク質の合成、情報の伝達、物質の運搬など、生命を維持するためにさまざまな仕事が行われています。これらを司っているのは、分子機械と呼ばれるタンパク質で、その1つに運搬を担当する“キネシン”というモータータンパク質があります。
キネシンは、生物のエネルギー源であるATP(アデノ三リン酸)を受け取ると、それを分解し、車のエンジンのように、発生した化学エネルギーを力学エネルギーに変換します。それによって、細胞内に放射状に張り巡らされた“微小管”というレールの上を、2本足でトコトコと歩いて物質を運ぶのです。
このような生体内で分子が動く仕組みを、人工的に再現しようという研究は、さまざまに行われてきました。しかし、光をあてると分子が回転するといった、単純な動きの再現にとどまっていたのです。ところが最近になって、複雑な動きをする画期的な分子機械が開発され話題を呼んでいます。それは、分子をつかまえて、ひねる「光駆動分子ペンチ」です。
この分子ペンチは、光によって伸縮運動をする物質と、軸回転運動を行う物質をハサミのような形に設計したもので、刃先には窒素を含む分子とくっつきやすい亜鉛ポルフィリンという物質が使われています。紫外光をあてると柄の間隔が狭まって洗濯ばさみのように刃先が開き、可視光をあてれば元に戻ります。その繰り返し運動により、つかまえた分子を“ねじる”という仕事を形にしたのです。タンパク質分子の場合は、ねじることで構造が変化し、新たな活性の発現につながるかもしれません。それは、新しいタンパク質製剤を生み出す可能性を意味しています。
たとえば、自動車は、いくつかの装置の組み合わせによって、直線的なピストン運動を回転運動に変えて動きます。複数の単純な機能をもつ部品を組み合わせ、システマチックに動けない分子を動かすという、従来にない発想によって生まれた分子ペンチは、分子機械の設計に、新しい道を開いたと言われています。そして、いつの日か、体の中を移動して薬を運ぶような分子ロボットが実現すると、期待されているのです。
金原 数 准教授 東京大学 工学系研究科 生物が起こす現象を人工の世界で実現する |