自然に学ぶ研究事例

第59回 最終回 根粒菌に学ぶ次世代型窒素固定法
エネルギー・環境技術
微生物資源
自然に近い条件下で窒素固定に挑む
生体にも、工業的にも必要不可欠な窒素。大気中に大量に存在する貴重な窒素資源を巧みに利用し、循環させる一握りの生物がいる。植物と共に生きる根粒菌に学ぶ、次世代型窒素固定法とは?
ゲンゲ(レンゲ草、マメ科植物)
ゲンゲ(レンゲ草、マメ科植物)

かつては、稲刈りの終わった田んぼにゲンゲの種を播き、春に花が咲くと土にすき込み、根粒菌によって蓄えられた窒素を肥料としていた。化学肥料の普及でほとんど利用されなくなったが、安全な有機質肥料として見直され始めている。

アミノ酸など生体物質の構成に窒素は必須な元素であり、動物は、食物を通して植物が土中から蓄えた窒素を体内に取り入れ、生命活動を維持しています。多くの命を支えるためには大量の植物が必要ですが、土壌条件などにより植物の増産には限りがあります。この問題を解決したのが、100年ほど前にドイツの研究者によって発明されたハーバー・ボッシュ(H-B)法というアンモニア合成法でした。

 

窒素分子は、原子が三重結合という非常に強い絆で結ばれているため他の物質との反応性が低く、容易に化合物に変える(窒素固定)ことができないのです。H-B法は、超臨界という高温高圧の条件下で触媒を使い、窒素ガスと水素ガスからアンモニアを合成するもので、窒素肥料の大量生産を可能にしました。そして、プラスチックや化学繊維、医薬品など、さまざまな分野で窒素を利用できるようにしたのです。しかしH-B法は、全世界で使うエネルギーの数十%と言われるほど大量のエネルギーを消費しているのが現状です。

 

実は、自然界には大気中の窒素を常温常圧という穏和な条件下で利用できる微生物がわずかに存在します。その代表格が、マメ科植物の根に共生する根粒菌。ニトロゲナーゼという窒素固定酵素を使ってアンモニアを合成し、共生する植物に栄養源として提供しているのです。ニトロゲナーゼの活性部位の構造は明らかにされており、それをモデル化して新しい触媒が開発されました。

 

その触媒を使い、ニトロゲナーゼの反応条件に非常に近い状態でアンモニアを合成できることが確認され、反応効率を高める研究も進んでいます。大気の成分の約80%を占める窒素。この新しい窒素固定法が実用化されれば、自然界に豊富に存在しながらこれまで利用できなかった貴重な資源を使うことが可能になり、エネルギー問題にも大きく寄与すると期待されているのです。

西林仁昭 准教授

東京大学大学院 工学系研究科 総合研究機構

アンモニアがエネルギー問題を解決する…
10年以上前に窒素固定の化学に初めて出会い、窒素錯体と水素錯体を直接反応させる方法、フラーレン超分子錯体を利用し光を照射する方法など、世界に先駆けた新しいプロセスで、窒素分子からアンモニアが合成できることを明らかにしてきました。 これからの化学は「C1からN1へ」、つまり、炭素から窒素/アンモニアが牽引する化学へシフトする時代が来ていると思いますね。CO2を排出しないエネルギーとして水素を使う燃料電池が期待されています。しかし、高圧ボンベで水素を貯蔵・輸送するには爆発の危険など、安全面で課題が残ります。アンモニアは、容易に窒素と水素に分解できます。それゆえ、液化が簡単なアンモニアを次世代のエネルギー媒体として利用すれば、効率的に貯蔵・輸送することができ、現在のインフラもそのまま利用することが可能なのです。

トピックス
根粒菌は土壌中に生息する共生微生物で、マメ科植物の根に根粒を形成し、その中で大気中の窒素をニトロゲナーゼによって還元し、アンモニアをつくり出しています。共生している植物(宿世:すくせ)に窒素を供給するかわりに、植物から光合成産物である糖をもらって生きているのです。 同じような共生関係の1つが、シロアリとその腸内に共生する微生物です。シロアリの腸内には独自のセルロース分解酵素をもつ10種類以上の原生生物が共生し木を分解して、シロアリの栄養源となっているのです。セルロースを人工的に分解しようとすると高圧環境、劇薬を用いた化学処理などが必要で、容易なことではなく環境負荷も高いのです。そこで、シロアリと共生菌のメカニズムを応用して、排木材などからエタノールをつくろうという研究も行われています。共生菌に学ぶものづくりの手法は、他にもまだまだあるはずなのです。
自然に学ぶ研究事例TOPページへ