自然に学ぶ研究事例
第65回 最終回 | 発熱植物に学ぶ温度制御法 |
サトイモ科に属する多年草で、僧侶が座禅する姿になぞられて名付けられた。外側の赤紫の部分は、つぼみをつつむ苞葉の発達したもので、仏炎苞と呼ばれる。中心部に抱かれた球状のものが、花が密集した肉穂花序(にくすいかじょ)で、この部分が発熱する。右の3枚の写真は、その発熱現象をサーモカメラで観察したもの。下段の黄色からオレンジ色に見える部分が20℃〜23℃程度である。
植物の体温は、一般に外気温の変化に伴って変動しますが、自ら発熱して体温を上昇させる発熱植物が世界で数種類、確認されています。ヒトデカズラ、ハスなどが知られており、その発熱現象は一般に、熱と共に匂い成分を拡散させて虫を誘い受粉を促すため、あるいは低温障害を回避することなどが目的だと言われます。発熱期間は、ハスの場合で2〜3日、ヒトデカズラは6〜12時間のみです。
ところが、寒冷地に生息するザゼンソウは早春に1週間程度も発熱し、氷点下に及ぶ外気温に対して体温を20℃内外に維持しています。これは花粉の発芽や伸長に適した温度であり、ザゼンソウが±0.03℃/分というわずかな体温変化率を察知して精緻に温度制御していることがわかりました。すなわち、ザゼンソウは体温変化をモニタリングし、発熱装置を駆動する温度制御プログラムをもっていると考えられるのです。このように寒冷環境下で長期にわたり恒温性を保つ能力は、ザゼンソウが命をつなぐために独自に身に着けた戦術で、他に類を見ません。
発熱植物は、体内に蓄えた炭水化物を燃焼・代謝する過程で熱を発生し、発熱時には通常、細胞中のユビキノンという呼吸に関与する物質のほとんどが電子を帯びた(還元)状態にあると言われています。ところが、一過的な発熱植物と比べてみると、ザゼンソウではユビキノンの還元率が50%程度に保たれていることもわかりました。そこに、長期間の温度制御を可能にする秘密があると考えられ、その解明が進められています。
そして現在、ザゼンソウの発熱メカニズムを応用した温度制御システムの開発も行われています。ザゼンソウに学んだ生体アルゴリズムを利用することで、エアコンなどを従来よりも少ないエネルギーで制御することが可能となり、省エネ効果も実証されています。実用化研究も進展しており、植物の“知恵”がエネルギー問題に貢献する日が、近く訪れようとしているのです。
連合農学研究科 伊藤 菊一教授/工学研究科 長田 洋准教授 岩手大学大学院 生物との共存・共栄で豊かな社会を実現 |