自然に学ぶ研究事例

第66回 最終回 結晶構造に学ぶ光学材料の創製
材料・デバイス開発
自然のメカニズム
多様な構造色を示す高分子ゲル
物質表面の微細構造と光が生み出す構造色。 微妙な構造の違いと温度などの刺激によりさまざまな色を発現し、色を変化させることも可能な、 結晶構造に学ぶ光学材料とは?
構造発色性を示すゲル
構造発色性を示すゲル

孔の大きさによって発現する色が変わるポーラスゲルは、モノマーの種類や量、架橋材の量などをコントロールすることで、求める環境で特定の構造色を示すゲルを設計することができる。写真は光学顕微鏡で撮影したものである。

モルフォ蝶、タマムシ、カワセミなどがもつ美しい体色は、羽の表面や細胞中の緻密な微細構造に光が反射、干渉することで発現する構造色によるものです。色素や顔料を必要としないため環境負荷も低く、さまざまな材料への応用研究が進められています。その手法は物質の表面に超微細加工を施すのが一般的ですが、近年、高分子ゲルの構造を制御することで構造色を発現させるユニークな研究が注目されています。

 

分子と分子が架橋されて網目状の三次元ネットワーク構造をとり、その中に水や溶剤を取り込んでつくられるゲルは、温度や光などの刺激に応じて網目が膨潤・収縮することで大きさが変化します。その性質を利用して吸着材や吸水材として利用されているほか、特定のイオンやグルコースなどを認識するセンサーとしても応用されています。構造色を発現する高分子ゲルをつくれば、色によって認識状態の違いなどを示すことで、その機能を高度化することができると考えたのです。

 

微粒子を規則的に配置したコロイド結晶構造では、光をあてる方向によって異なる構造色を発現することがわかりました。また、コロイド結晶を鋳型にしてつくることで細孔をもたせたポーラスゲルは、分子材料や創製の条件により孔の大きさをコントロールすることが可能となります。それにより、特定の環境下で求める色を発色できること、同じ色で強度を変えることができることも確認されました。

 

さらに、規則的な周期構造をもたないアモルファス(非晶質)状態で、どの角度からみても同じ発色を示すゲルの創製にも成功しました。こうした構造色の多様性を活かせば、たとえば温度や特定の物質などに反応して色が変化する信号機のようなセンサー、薄くて丸めることもできるペーパー型ディスプレイほか、新しい光学デバイスへ展開できると期待されているのです。

竹岡 敬和准教授

名古屋大学大学院工学研究科

ソフトマテリアルの醍醐味は予想外の物性
アメリカの大学でポスドクとして物理学の先生に師事し、ゲルの大きさを測るだけで分子レベルの変化が予測可能なことを教えられました。物理のアプローチでは、複雑な物性を大局的にとらえ、それを簡単に表す方法があるんですね。私は化学者として合成を行っていましたが、その時の体験から、従来では想像できないようなソフトマテリアルがつくれるのではないかと考え、研究を続けています。 有機分子や高分子の集合体であるソフトマテリアルは、予想とまったく違う物性を示すことが多く、そこが面白くて研究しているとも言えます。構造色を発現するポーラスゲルは、タンパク質のような分子認識ができるゲルをつくろうという過程で発見したものです。最近では、交換可能な高性能部品として高分子を使ったモジュールづくりなども行っています。柔軟性と複雑性を併せもつソフトマテリアルの研究には、非常に大きな可能性があると思いますね。

トピックス
自然がシリカの微粒子を材料として数百万年という時間をかけて作り上げたコロイド結晶が、オパールです。光のあたり方や見る角度によって色や輝きが変化する遊色効果が、宝石としての価値を生みだし、珍重されています。こうした遊色効果は構造色の大きな魅力ですが、ディスプレイなどの表示材料としては、角度によって色が変化することは欠点なのです。アモルファスゲルにより、角度により色が変化しない構造色が創出されたことで光学材料としての新たな道が拓けたと言えるのです。 そして、このアモルファス状態の構造色のお手本も、実は自然界に存在しています。モルフォブルーと呼ばれる美しい青色を発色するモルフォ蝶、羽が青く輝くカワセミなど、規則性と不規則性を併せもった複雑な羽の構造が見る角度によっても変化しない色を発現させていることが明らかになっています。
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