自然に学ぶ研究事例
第79回 最終回 | 渦の流れに学ぶ物質の構造制御 |
独自に開発した水素結合性超分子ポリマー(ナノファイバー)が、渦の中でねじれを生じ、渦の左右によって不斉配向し、光学活性を示すことが明らかにされた。写真はイメージで、鳴門の渦潮を撮影したもの。
有機合成では、右のねじれをもつ物質と左のねじれをもつ物質が半分ずつ形成することがあります。これは光学異性体(鏡像異性体)と呼ばれるもので、物質を構成する要素が同じなのに、構造が鏡像の関係となることから、異なった働きをすることがあります。一方は薬となり、もう一方は有害物質となる事例もあり、実際に重大な薬害事件が引き起こされたこともあります。そうした事態を避けるためにも、目的とするものだけを効率よく製造する技術が求められてきました。
触媒を利用することで一方の光学異性体のみを製造する不斉合成という技術が開発されていますが、触媒を使わずに撹拌の渦によって物質の左右のねじれを制御しようというユニークな研究があります。小さな分子を集合化させて作ったナノファイバーの溶液を右あるいは左に撹拌すると、渦の流れに沿ってそれらが一方向にねじれ配向し、光学活性を示すことが確認されました。
さらに、もっと微弱な溶液の流れに対して、ナノファイバーがどのような挙動をとるかという研究も進められています。微弱な振動源として音に着目し、私たちの耳にも聞こえる100〜300ヘルツ程度の周波数の音波(可聴音)を溶液に照射する実験を行いました。その結果、ある条件下でナノファイバーが音の進行方向に沿って配向し、音を止めると配向が止まることが明らかにされました。超音波で高分子を配向するという報告はすでにありますが、可聴音での成功は世界初のことです。
こうしたオン-オフの仕組みは、配向しているときだけ発色したり、色が変わったりする、声に反応するセンサーのような素子に応用が可能だと考えられます。そして、このような自在に物質構造を変化させることは、リサイクル技術としても生かすことができるでしょう。また、タンパク質などの生体物質もナノスケールの構造を持つことから、溶液の振動とナノマテリアルの構造制御の解明が生命科学の分野にも新たな発見をもたらすのではないかと、期待されているのです。
津田明彦 准教授 神戸大学大学院 理学研究科 人工的なものから生命に目を向けた新たなものづくりを… |