自然に学ぶ研究事例
第80回 最終回 | 海藻のキレート能に学ぶ機能性木質材料 |
木粉にキレート能を付加し、鉄酸化物ナノ粒子をセルロース繊維のネットワーク構造の中に分散させることで、超常磁性の発現に成功。円内の写真は、その木粉を熱プレスして作製した光に透けるシートで、下に敷いた書類の文字が透けて見える様子(右)と、磁石にくっつく様子(左)を撮影した。バックの写真は木材を輪切りにした断面である。
近年、環境対応や脱石油資源という視点から、自然界に大量に存在するセルロース系木質資源を有効活用する研究が活発に行われています。その1つに、木を熱に融けやすく(熱可塑化)して加工性を上げ、さらに木質にはない機能を付加してまったく新しい材料を開発しようという研究があります。そこで着目されたのが、海藻のキレート能およびゲル形成能でした。
海藻に含まれるアルギン酸などの電解質多糖類は、金属イオンを取り込んでゲル化します。アルギン酸にカルシウムイオンを取り込ませ、そこに鉄塩を水に溶かしたものを添加すると、カルシウムイオンと鉄イオンの交換が起こり、酸化処理を施すとゲル内部に酸化鉄のナノ粒子が分散して磁性を発現します。この金属イオンを捕獲する作用がキレートです。キレート能を木材に付与することで、木質系の磁性材料がつくれるのではないかと考えたのです。
これまでの研究で、キレートにより木粉に鉄イオンを取り込み、セルロースのフィブリル(繊維)構造中に酸化鉄ナノ粒子を均一に分散させることに成功しています。そして、その木粉材料を熱プレスして光に透けるシートなどが試作され、成形加工性がよいことも実証されています。木質系の熱可塑(プラスチック)材料は過去にも例がありますが、磁性機能をも付加したのは世界初のことだと考えられます。
さらに大きな特徴は、この木粉材料は磁性を持ちますが、常に磁気を発しているのではなく、磁石を近づけたときだけに発生する超常磁性を常温で示すことです。常に磁界を形成している磁性材料に比べてエネルギーロスがなく、磁界による人体や電子機器等への影響も大きく低減できることから、マグボードをはじめ、磁場応答性パルプ、電磁波シールド材、情報記録媒体など、その応用はさまざまな可能性を秘めているのです。
寺本好邦 助教 京都大学大学院 農学研究科 樹木の階層構造を認識し、潜在機能を最大限に活かす |