自然に学ぶ研究事例
第82回 最終回 | 植物の成長戦略に学ぶ大型作物の創出 |
無菌発芽させたトマトの子葉にILP遺伝子を導入して培養すると、カルスという細胞の塊ができ(切り抜き写真右)、それぞれのカルスから新しい個体が生えてシュート(茎と葉、切り抜き写真左)を形成。さらに発根したものを土に植えて育てる。鉢植えの写真は、ILP遺伝子を導入したトマト。
通常、植物は核と細胞の分裂を繰り返すことによって細胞の数が増え成長していきます。ところが、生育に必要な光が不足した環境下で、植物は光を求めて、急速に茎を伸長しなければなりません。そうした状況下で植物は、細胞分裂を行わずに1つ1つの細胞を大きくすることで短期間に早く成長を遂げることができるのです。これは、エンドリデュプリケーションと呼ばれる成長の仕組みで、細胞分裂を伴わないDNAの複製が繰り返し起こっていることを示しています。
細胞内のDNAが複製されて2倍になり、通常は細胞が分裂することで1つの細胞内のDNA量は変化がありません。ところが、エンドリデュプリケーションでは細胞分裂が行われず、もともと細胞内に存在する2セットのDNAが、4セット、8セット、16セットという具合に倍々に増えていくため、しばしば細胞サイズが増大することが確認されています。また、DNAは生体内における生理活性物質をはじめとするさまざまな物質生産に関わるため、DNA量が多くなればなるだけ有用物質の生産能力が高くなると考えられるのです。
シロイヌナズナという研究用のモデル植物から、このエンドリデュプリケーションを制御する遺伝子(ILP)が発見されています。そして、その遺伝子を導入することで、果実を大型化したトマトをつくろうという研究が行われています。トマトには、ガンや脳血栓などの原因となる活性酸素を除去するリコピンをはじめ、カリウム、カロテン、ビタミン類などの有用物質が多量に含まれていますが、エンドリデュプリケーションで、大きな果実をつくることにより、その増産が期待できます。
そして、この技術がさまざまな作物に応用できるようになれば、世界的な食糧問題にも貢献できるのではないでしょうか? 同時に、植物による薬やバイオエネルギー生産などにも、新たな道を拓く大きな可能性を秘めているのです。
本橋令子 准教授 静岡大学大学院 農学研究科 環境問題や食糧問題に遺伝子組換え技術で貢献する |