自然に学ぶ研究事例
第83回 最終回 | 好熱菌に学ぶ高分子ナノ構造体の設計 |
写真は直鎖状高分子ミセル(上)、環状高分子ミセル(下)を原子間力顕微鏡で撮影。ともに平均20ナノメートル程度のミセルの形成が確認できる。直鎖状高分子ミセルは30℃以下で崩壊したが、環状高分子ミセルは70℃以上の高温まで安定している。
高等動物の細胞膜は、丸い頭部に2本の足がついたような形のリン脂質が規則正しく並んだ二重の膜構造(脂質二分子膜)でできています。一方、海底火山付近、熱水噴出孔、温泉、あるいは堆肥の中など高温環境下に生息する古細菌の仲間である好熱菌は、タンパク質や脂質などの構造が高等生物とはまったく異なり、細胞膜を構成する脂質分子が環状構造をしていることがわかっています。
この環状構造に着目し、高耐熱のナノマテリアルを設計しようという研究があります。親水部と疎水(親油)部を合わせもつ、石けんに代表される界面活性剤を水に溶かすと、親水部を外側に疎水部を内側にして分子が自己集合して球状のミセルとよばれる構造をつくります。細胞膜も界面活性剤と同様の機能を有しており、環状高分子を利用してミセルを作製すれば、高温にも耐えるミセルができるのではないかと考えたのです。従来、高分子は直鎖状(ひも状)が一般的で、環状構造にするには技術的な限界がありました。しかし、独自の合成技術の開発に成功しており、単環状や多環状高分子の設計が可能となったのです。
直鎖状のものと環状高分子からなるミセルを作製し、その熱安定性を比較したところ、環状高分子のほうが50℃近くも高温に耐えることが、世界で初めて確認されたのです。耐熱性が上がることで、化学構造を変えずに高温でも使用できる高分子ミセルを製造することも可能になります。また、直鎖状と環状高分子を混合してミセルを形成すると、その比率により、30℃以上〜70℃以下の範囲で崩壊する温度を制御できることも実証されました。
ミセルは、薬剤などを体内で患部まで輸送するドラッグ・デリバリー・システム(DDS)への応用が活発に研究されています。この技術により、たとえば患部を温め、目的とする温度でミセルを崩壊させて薬を投与する、温度応答型のDDSが可能になると期待されています。さらに、材料分子を変えて形を制御することで、まったく新しいナノ材料が生まれる可能性も秘めているのです。
手塚育志(やすゆき) 教授 東京工業大学大学院 理工学研究科 分子の形が物質にさまざまな機能を付与する |