自然に学ぶ研究事例
第88回 最終回 | 光合成ウミウシに学ぶ動物-植物のハイブリツド機構の解明 |
嚢舌目ウミウシの1つであるコノハミドリガイは体長2〜3cm。右上の写真はエサとなるハネモで、右下は緑色蛍光タンパク質で発光させたもの。ハネモの葉緑体、核、ミトコンドリアのそれぞれを異なる色で蛍光標識し、コノハミドリガイの体内での挙動を観察している。
光合成は、植物と光合成微生物に特異的な生命活動ですが、一部に光合成を行う動物が存在します。たとえば、多くのサンゴやイソギンチャクは単細胞性の藻類を自らの細胞内に共生させる“細胞内共生”により、光合成をすることが知られています。一方、嚢舌目(のうぜつもく)ウミウシの仲間には、海藻から葉緑体を取り込んで体内で数週間から数カ月にわたって生かし、光合成を行っている例が報告されています。
これは、“盗葉緑体(クレプトクロロプラスト)”と呼ばれる特異な現象で、繊毛虫や有孔虫などの原生生物のいくつかで確認されていますが、多細胞動物ではウミウシの仲間にのみ見出されているものです。葉緑体はわずかの遺伝情報をもった細胞内小器官(オルガネラ)で、葉緑体が機能するためには3000以上の遺伝子が必要だといいます。植物の核遺伝子が不足している遺伝情報を補佐しているため、葉緑体を植物細胞から分離すると、単独では機能できません。では、光合成ウミウシは葉緑体をどのように選別して取り込み、自らの体内で機能させているのでしょうか?
過去の報告では、葉緑体のみがウミウシの体内で生きて光合成をしているとされてきました。実は、藻類の核とセットで盗んでいる可能性や、ウミウシが藻類の遺伝子を取り込んで植物細胞のように機能している可能性もあるのです。その謎を解明するため、海藻の葉緑体、核、ミトコンドリアをそれぞれ異なる蛍光で発色させ、ウミウシの体内での挙動をリアルタイムで観察する研究が行われています。
葉緑体は、シアノバクテリア(藍藻)が植物細胞の祖先に細胞内共生し、10数億年という時間のなかで1つの細胞内小器官になったと言われています。この研究により、生物の進化に関する新たな知見が発見されるかもしれません。そして、人工光合成系の開発など、動物と植物のハイブリッドシステムの構築につながる可能性も秘めているのです。
小保方 潤一 教授 京都府立大学大学院 生命環境科学研究科 ゲノムは動的な存在で、常に新しいものをつくりだしている |