自然に学ぶ研究事例
第99回 最終回 | 分子モーターに学ぶナノ輸送システムの開発 |
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写真左は、コンテナ複合体(輝点)がアクチンフィラメント(レールタンパク質)上を移動する様子を全反射照明蛍光顕微鏡(TIRFM)で撮影したもの。開始(一番上)から5秒ごとの位置の動きを観察し、30秒間で約5μmの距離を安定して移動することが確認できた。写真右は、同じTIRFMでビデオ撮影したもので、赤がレールタンパク質、緑がコンテナ複合体。左から右、上段から下段の順で0.3秒後の位置を示している。複数のレールタンパク質をループ上に敷設すると、レールを乗り換えて動き続けることが観察された。
私たちの体内では、タンパク質や脂質をはじめ、核、神経伝達物質など、さまざまな物質が生産され、細胞内を運ばれています。その運搬に関わるのが、レールタンパク質とモータータンパク質(分子モーター)です。物質は小胞に取り込まれ、分子モーターがレール上を運んでいくのです。この生体のメカニズムを応用し、小胞の代わりにナノ材料を運搬する“人工コンテナ列車”が、世界で初めて開発され大きな注目を集めています。
開発された人口コンテナ列車は、カーボンナノチューブ(CNT)などのナノ材料を天然の多糖(シゾフィラン)でつくったコンテナで梱包し、分子モーターであるミオシンを車輪として金属イオンを介して複合化したもので、水中で自己組織的に構築することが可能です。スライドガラス上にレールタンパク質であるアクチンフィラメントを固定してコンテナ列車の動作を調べたところ、生物の燃料であるATP(アデノシン三リン酸)を消費しながらレールに沿って移動することが確認されたのです。また、CNT以外にDNAの運搬にも成功しています。
そして、熱感応性ポリマーを修飾したコンテナ複合体で荷物の積み降ろしテストも行われています。分子モーターはタンパク質であるため、低温では作動せず、コンテナ複合体は動きません。ここで近赤外線光を照射すると、CNTが発熱してコンテナ複合体周辺の温度を上昇させ、熱感応性ポリマーの作用によって荷物をコンテナに積み込みます。さらにATPを加えるとコンテナ列車が動き出します。そして、光照射をやめるとコンテナ複合体周辺の温度が下がり、動きが止まるとともに荷物を放出するという、動作制御のできる人工コンテナ列車の可能性が示されたのです。
人工コンテナ複合体は、ナノの世界でさまざまな物質を運ぶ輸送システムとして、生体内で薬を目的の場所に的確に運搬するドラッグデリバリーシステム(DDS)などへの応用が期待されています。さらに色素を取り込むことも確認され、色素を利用した薬剤(光感受性物質)を使い、レーザー照射でガンなどを治療する光線力学療法への応用も考えられているのです。
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土屋陽一 研究員 九州先端科学技術研究所 ナノテク研究室 夢は高次の分子機械をつくること |
