自然に学ぶ研究事例
第109回 | 生体に学ぶ免疫抑制物質の分子設計 |
小型のネズミ類の総称であるマウスに対して、比較的大型のネズミ類をラットと呼ぶ。ゲノムの解読も進展しており、共にヒトのモデル生物として広く生命科学研究に用いられている。写真はマウス。
生体には、身を守るために異物を認識して排除しようとする免疫システムが備わっています。生きるために必須なメカニズムですが、それゆえに、臓器移植の際に他人の臓器に対する拒絶反応を引き起こす諸刃の剣でもあります。たとえば肝臓移植の後に拒絶反応が起こると、生体が移植した肝臓を攻撃し、肝臓が壊死して脱落したり、肝不全に陥ることもあるのです。拒絶反応を抑えるためには免疫抑制剤を用いますが、永続投与が必要であるほか、感染症にかかりやすくなるなどの問題もあります。もし、術後に一度だけの投与で済むようになれば、それは患者さんにとって大変に素晴らしいことなのです
ある種の組み合わせで肝臓移植を行うと、免疫抑制剤を用いずに移植した肝臓が自然に生着するという、ラットの肝移植モデルがあります。これに着目し、拒絶反応回避のメカニズムを解明して、患者の負担を軽減する次世代の免疫抑制剤を創製しようというユニークな研究が行われています。
この実験モデルで移植を受けたラットの血液を調べたところ、免疫を抑制する抗体が誘導されていることが発見されました。抗体は、異物を認識・排除する、まさに免疫の要の役割を果たすタンパク質です。そして、この抗体の抗原(認識ターゲット)が、ある種の核タンパク質であることもわかりました。この抗体、あるいはその標的となる抗原をワクチンとして急性拒絶が必ず起こるラットの心臓移植モデルに注射すると、拒絶反応が抑えられるとともに移植された心臓の生着日数が著明に延長することも実験で明らかになりました。
現在、この抗体のターゲットである抗原決定基(エピトープ)の構造を模倣したミモトープペプチドを用いたワクチンの開発も進められています。そして、副作用もなく、一度だけの投与で安全に臓器移植を実現させる次世代型免疫抑制分子をつくることを目標に、拒絶反応抑制抗体の全貌を解明する研究が、日々進められているのです。
河本正次 准教授 広島大学大学院 先端物質科学研究科 目の前で起きた観察結果を大事に… |