自然に学ぶ研究事例
第111回 | 天然脂質に学ぶ高分子ナノ組織体の精密重合 |
合成水溶液の固体濃度に応じて、球状、ウォーム、ベシクルといった異なるナノ組織体を選択的に形成することができる。重合時の固体濃度は上段左から右、下段左から右にそれぞれ、10%、16.2%、17%、25%である。
大豆や卵黄に含まれるレシチン、オリーブオイルやブドウに含まれるサポニン、細胞の脂質二重膜などの天然脂質は、自然から生まれた低分子の石けん(界面活性剤)で、水に溶かすと自己集合してミセル(会合体)を形成します。そして、温度や濃度によって球状、棒状(ウォーム)、液晶、ベシクル(二重膜)などのナノ構造体に容易に変化します。化学反応を制御するマイクロリアクター、複合材料のテンプレートなどに利用されていますが、構造体の壊れやすさが問題となっています。
一方、高分子組織は構造が安定していますが、従来の合成法ではあくまでも偶然の産物として高分子ベシクルが得られるという状況でした。そこで、水に溶ける低分子モノマーを天然脂質のように自由に動かす工夫を施せば、水系で重合しながら異なるナノ構造体を自在に設計できるのではないかと考えたのです。そして、金属触媒を全く使わずに100%合成できる精密分散重合法により、同じ高分子、同じ分子量、同じ鎖長でありながら、重合時の濃度の変化に対応して球状、棒状、ベシクルという異なるナノ構造体を選択的に形成させることに成功しました。この合成法はプロセスが簡単で、金属触媒を使わないため安全で、環境負荷が低いことも特徴です。
またウォームの場合、長さの制御は今後の課題ですが、太さを制御することは可能となっています。そして、ある濃度で完全重合により形成されたそれぞれの形状は安定しており、その後溶液の濃度を変えても形状が変わらないことも確認されています。
できあがったナノ構造体は、たとえば潤滑剤として、あるいは塗料や薬剤などを封じ込めるナノカプセルなどの材料として利用することも可能です。また、テンプレートとして利用して無機材料を結晶成長させれば、ナノファイバーやナノワイヤーなども容易にできるのではないかと期待されているのです。
杉原伸治 准教授 福井大学大学院工学研究科 分子技術を駆使して、微細化の限界に挑戦 |