自然に学ぶ研究事例
第118回 | 生物の自己組織化に学ぶ回折格子の創生 |
数マイクロメートルの厚みの高分子試料をガラス基板上にコートし、融体まで熱した後に水中に一定速度でつけると、1マイクロメートルほどの周期で凸凹ができる。浸漬の速度や融体の温度で幅や高さが変化し、発現する色も変化する(写真上段)。写真中段は表面構造の顕微鏡写真で、規則的な周期構造を見ることができる。写真下段は、フィルムを通したレーザー回折パターンである。
回折格子はグレーティングとも呼ばれ、直線上の微細な凸凹を数マイクロメートル単位で平行に物質表面上に制御した光学素子の総称で、分光装置、記録媒体、光センサーなどに利用されています。機械的に微細な線を彫ったり、感光剤を用いてパターンを露光するリソグラフィ技術など、いわゆるトップダウン方式でつくられますが、コストが高いこと、大きなサイズをつくることが難しいなどの問題があります。
こうした周期的な微細構造は、自然界に数多く存在します。モルフォ蝶やタマムシに代表される構造色構造、蛾の目の低反射構造、蓮の葉の超はっ水性構造などがよく知られていますが、それらの構造は自然発生的に、すなわち自己組織化(ボトムアップ方式)で組み上げられているのです。近年、工業的に自己組織化を利用する研究開発が活発になってきている中、水に浸すだけで回折格子フィルムをつくるというユニークな研究が行われています。
高分子融体フィルムを一定の速度で水に浸漬(しんし)させると、水は高分子フィルム表面を進行します。その際、高分子と水と空気が接触する先端(三相線)で界面張力が働き、高分子融体が持ち上がって(スチック現象)“山”ができます。次に、その“山” が限界に達すると水が滑り落ちて(ブレイク現象)、以前の山は冷めて固定化され、また新しい山をつくる仕組みで“溝”ができるのです。この2つの現象の繰り返しによって、マイクロスケールの周期的な凸凹ができることを実証し、美しい構造色を発現するフィルムの開発に成功したのです。
また、水に浸漬する速度、高分子融体の温度、高分子の種類、それぞれの違いにより凸凹の周期の幅や高さがどう変わるかという研究も進められており、パターンの制御手法が明らかになりつつあります。水と高分子のみでつくる技術は、省資源、省エネルギー、環境負荷の低い生産プロセスとして、今後の研究の大きな発展が期待されています。
姜 聲敏(かん そんみん) 助教 東京工業大学 大学院理工学研究科 単純な好奇心に答える基礎研究が興味深い |