自然に学ぶ研究事例
第133回 | バクテリオファージに学ぶ分子針の設計 |
頭部に胴体、手足を備えたような形状のバクテリオファージT4は、約50種類のタンパク質からできている。天然の分子機械とも呼ばれており、尾部にあるタンパク質の針で大腸菌に孔を開けて核酸を送り込む(写真上はイメージ)。人工分子針(写真左下の電子顕微鏡写真)は幅が2.4nm、長さが16nm。右下の蛍光顕微鏡写真は、赤色が細胞膜、青が核、緑が人工分子針で、細胞に針が入っていることが確認できる。
細胞を保護する細胞膜は、小さな分子や疎水性の物質などを通しますが、多くの物質は透過することができません。一方、細菌に感染するバクテリオファージは、尾部にあるタンパク質の鋭い針で大腸菌の細胞に孔を開けて核酸を送り込み、大腸菌自体を殺すことなく、子孫を繁殖させています。特にT4と名付けられたバクテリオファージは、その特異的な形状と自動的に針が折れて細胞内に侵入していくメカニズムなどから、天然の分子機械とも言われています。細胞質に直接、分子を輸送するモデルとして注目され、構造解析などが盛んに行われてきました。
T4のタンパク質針は、3枚のシートがらせんを描く三重鎖βヘリックスという特徴的な構造を有していることが分かっており、その構造を人工的に再現し、細胞膜を貫通するメカニズムを明らかにしようというユニークな研究があります。すでにT4のタンパク質針を骨格とする人工分子針の合成に成功し、ほ乳類の細胞を使った実験では、蛍光色素を化学修飾した分子針が自発的に細胞膜を貫通して、細胞を破壊することなく内部に入って行くことが確認されています。
幅2.4ナノメートルという針の太さが膜の隙間にちょうど刺さると考えられますが、タンパク質針自体がなぜ自発的に入っていくのか、その詳細なメカニズムはまだわかっていません。現在、その謎を解明すべく、異なる化学修飾を施した人工分子針を使って細胞内への取り込みの比較実験などが進められています。
また、さまざまなタンパク質を人工分子針に付けた貫通実験も行われており、これまで難しいとされてきた細胞質へ直接、タンパク質を輸送する可能性も見えてきました。さらに針の先端に金属錯体を結合してカゴをつくり、近年、薬として注目されている一酸化炭素を細胞内に輸送・放出する実験にも成功しており、さまざまな物質輸送への応用が期待されているのです。
上野隆史 教授 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 “静”のデザインから“動”のデザインへ |