自然に学ぶ研究事例
第144回 | 女王アリに学ぶ長期間精子貯蔵メカニズム |
円内写真の中央が女王アリで体長は1cm程度、周囲の働きアリは体長約3mmと小さい。複数の女王アリが協同してコロニーをつくるという特徴がある。9月の蒸し暑い夜に、町中の街灯や店舗の灯りなどに羽アリが集まってくる結婚飛行を見ることができる。働きアリはすべてメスで、通常は生殖能力を持たない。どのメスが女王アリになるかは、エサの質量で決まると言われている。背景の写真は受精嚢の顕微鏡写真で、繊維状の精子が一杯に詰まっている。精子は活動せずに眠ったような状態で保存されている。
世界中の至る所に生息するアリは、一般に、女王アリを中心に巨大な群れ社会(コロニー)を形成して暮らしています。女王アリの役割はコロニーを大きくするために、卵を生み続けることです。女王アリが生む受精卵はすべてメスで、通常は働きアリとなります。そして、コロニーが十分に熟成すると、女王アリは無精卵で羽のあるオスを生むのです。
そして、メスのなかから次世代の女王アリとなるべく運命づけられた個体が羽アリとなって飛び立ち、オスと交尾を(結婚飛行)します。オスは交尾後にすぐに死んでしまいますが、女王アリは地上に降り立って羽を落とし、土の中に潜って新しい巣をつくり始めます。女王アリの寿命は長く10年以上とも言われますが、実はその間、結婚飛行で得た精子を受精嚢(ルビ:のう)と呼ばれる袋に貯蔵して、長期間にわたって産卵を続けているのです。通常、動物のオスの精子は交尾後、数時間から数日で著しく劣化するため、極めて特殊な能力だと言えます。
こうした、女王アリが常温で長期間、精子を生かし続けるメカニズムを解明しようという研究が、現在行われています。これまでの研究で、受精嚢に特異的に発現する遺伝子、オスに共通して高発現する遺伝子などが複数、特定されています。今後は、これらの遺伝子からタンパク質を合成して精子と共に培養して生存率を調べる実験や、受精嚢自体の化学組成を調べる研究などを通じて、それぞれのタンパク質の働きと貯蔵メカニズム全体の秘密に迫って行く計画です。
現在、家畜や人の精子は液体窒素により凍結保存されています。女王アリによる精子の長期保存の仕組みを解明することで、ほ乳動物の精子や細胞などを常温で安定的に保存するヒントになると期待されているのです。
後藤彩子 専任講師 甲南大学 理工学部 研究には“メゲない”ことが大切 |