自然に学ぶ研究事例
第146回 | 粘菌に学ぶ知的ナノ構造体の創製 |
粘菌の変形体は、刺激がないときは平たく広がっている(写真下段)が、光の刺激を与えると刺激を受けた分枝が縮まり、光の刺激がない方向へと分枝を延ばす(写真左上)。右上の図は、3人のプレイヤーが5台のスロットマシンの内、報酬確率の高いものを選択する実験装置のイメージ図。管の中には一定量の液体が入っており、どこかの液面が上昇すると、その他の液面は下がる、液体による綱引きモデルで「綱引きボムベ」と名付けた。マシン間の綱引きとプレイヤー間の綱引きを組み合わせることで、効率的探索とプレイヤーの衝突回避によって、全体としての最適を導き出す狙いがある。
写真提供(粘菌):東京工業大学・青野真士 准教授。
複雑な網目状の分枝が張り巡らされ、その中を粘液性の原形質や栄養分が移動することで、局所の情報が塊の全体に伝わり、変形して動く粘菌の変形体。神経系を持たないにも関わらず、エサを求め、あるいは嫌いな光を避けて効率的な動きをすることから、複数の都市を効率よく回る最適なルートを探す「組み合わせ最適化問題」に粘菌を使う研究などが行われ、成果を上げているのです。
その研究の中から、粘菌の動きから抽出した「綱引き原理」という報酬確率の高い方を迅速に選択するためのアルゴリズムが導き出されました。粘菌は体積が一定で、どこかの分枝が伸びれば、どこかの分枝が縮みます。このメカニズムによる力学的現象を応用して、一定量の金属原子が電圧によって電極間を移動することでオン・オフする「原子スイッチ」を用いた実装モデルが開発されました。設定した計算式に基づいて原子の綱引きをさせ、試行錯誤の中から最適解を導こうとするものです。
この「綱引き原理」を実装した“意思決定する棒”を作製し、複数のスロットマシンを操作して、より報酬確率の高いマシンを迅速に選択することを想定した実験が行われました。この問題を解くためのソフトウェアは既に複数開発されていますが、実験の結果、「綱引き原理」がより効率的で、途中で環境を変化させても適応できることが実証されたのです。
近年、人工知能の研究が進み、スーパーコンピュータで計算して、さまざまな問題を処理することが可能になってきています。しかし、「綱引き原理」を利用すれば、コンピュータを介在させることなく、たとえばひまわりが光の吸収を最大化させるように自ら角度を調整するように、自律的に意思決定する、省エネで低コストなナノデバイスができると考えられます。
金 成主 NIMS特別研究員 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 “自然知能”という発想で、考える“物”をつくる |