魅力品質物語

快適エアリーへの道のり > 第4章 ウォームファクトリー②事業部の戦略


ウォームファクトリーが売れ始めてからしばらくして、商品企画部門の田中が言うには、「既存の製品メニューのバージョンアップが続いた時期がありました。そういう中で、我々はいかに表現すれば伝わるかを考えることが大きな課題でした。"暖かさ"という目に見えず、人によって感じ方が変わってしまうものを、いかにシンプルに伝えるかということです」。

当時、現場ではサーモグラフィ用のカメラを使ったり、温熱測定器を持ち出して、実際にお客様宅の温度を測定して、セキスイハイムとの違いをグラフにして説明したり、暖かさを伝えるために様々な工夫をした。しかし数値だけでは、なかなか暖かさを実感していただくのは難しかった。

そんな時、あるキャンペーンが始まる。2006年の冬、“あったかハイムキャンペーン”だ。冬になると俳優の阿部寛氏が扮する“ハイムさん”の登場する、あのテレビコマーシャルと言えば、見覚えがある方も多いのではないだろうか。また“あったかハイム”というフレーズに聞き覚えがある方もいらっしゃるのではないだろうか。

仕掛け人は、当時、セキスイハイム戸建商品全般の商品企画・販売企画の責任者だった神吉である。神吉は、バリアフリーヒーティングからウォームファクトリーに名称が変わった頃、まず考えていたのは「ブランドを再構築する」ことだったと言う。

“お客さまにとって”わかりやすいこと

「具体的には“ハイムとは何か”というブランドを“性能”で立てたいと考えていました。いわば“性能ブランド”。模索している時に、たまたま中部エリアの展示場でバリアフリーヒーティングが、非常に評判がいいと聞きました。他社には真似できない、圧倒的に暖かい、何よりお客様に喜ばれている。そこで、これをブランディングまで結び付けられないかと考え、あったかハイムの企画プロジェクトを立ち上げたんです」

神吉が言うには、住宅というのは商品ごとのブランディングが効きにくい業態。個々の商品ブランドよりも、むしろ信頼性や安心感が重要な要素となる。信頼性のおけるしっかりした会社というイメージが伝われば、それだけでもお客様は納得して選んでいただけるということ。

「住宅は完成した商品ではなく個々のパーツが集まったものなので、商品ブランドとしてなかなか伝えづらいんです。工場生産という特徴はあるものの、それでも他社との違いが、わかりづらい。価格にしても、敷地や建築条件、お客様の希望によって変わるし、流通と言っても様々なプロセスを介在しないと購入まで至らないという障壁もあります。だからこそ、他社との"わかりやすい差別化"が必要になるんです。ここで、“セキスイハイムとは、何か”ということを一言でわかりやすく言えたら、それはものすごい武器になります。わかりやすければ必ずお客様に浸透する、そう確信していました」

その第一歩はネーミングから始まった。商品ごとの名称ではなく、セキスイハイムの住宅そのものを表現する名称として誕生した“あったかハイム”だった。

“あったかハイム”という言葉は、プロジェクトがスタートした初期の段階で生まれていた。神吉は、企画の段階では、あたたかい家だから“あったかハイム”と直感的に浮かんだ名前を仮称として用いていた。その仮称は、いつしか自然に受け入れられ、最終段階では、むしろ「この言葉がいい」とそのまま採用されるに至った。

お客様にとって、わかりやすいことは、もちろんネーミングだけに留まらない。テレビコマーシャルにおいても同じだった。「視覚、聴覚を総動員して“あったかハイム”を、わかりやすく伝えるものを皆で考えた」と神吉。たとえば、広告展開は暖かさを連想させるオレンジをテーマカラーに用い、徹底的にオレンジ一色で印象づけた。CMソングは、子どもでも覚えやすく誰でも口ずさみたくなるものを考えた。そして、ハイム=あったかい、というイメージを十二分に打ち出した。

神吉はテレビコマーシャルについて、こう明かす。「うちのお父さんの会社は“あったかハイム”だよ、と子どもが言いたくなるような、そんなコマーシャルを作ろうと思った。お客様への浸透はもちろんだが、従業員も従業員の家族も自慢に思えるようなものに仕上げること。その点については、非常に大事なこととして議論したんです」

こうした広告戦略は、現場でも手応えとして現れていた。キャンペーン期間中は、展示場の玄関にモニターを置いてテレビコマーシャルを繰り返し流しているのだが、それを見た子どもたちがCMソングに合わせて踊るシーンもよく見かけられた。まさに狙いどおりだった。

あったかハイムのロゴデザイン
あったかハイムロゴ
セキスイハイム東北株式会社 神吉
セキスイハイム東北株式会社 神吉
性能ブランドの考え方
性能ブランド あったかハイム 商品ブランド パルフェ ドマーニ デシオ ハイムbj
テレビCM
帰りた〜い、帰りた〜い、あったかハイムが待っている♪2006年
2007年
■お客様に渡すツールもすべてオレンジをテーマに
あったかハイムキャンペーンカタログ
あったかハイム
キャンペーンカタログ
入居者実例集
入居者実例集
キャンペーンDM
キャンペーンDM
■展示場内も、全国どこでもオレンジで印象を統一
ウェルカムボード
ウェルカムボード
のぼり
のぼり
「あったか」さ体感パネル
「あったか」さ体感パネル
あったか伝え隊のセミナー風景
セミナー風景
セミナー風景
開催ポスター
開催ポスター
縦看板
縦看板

体感できないなら体感した人から聞けばいい

わかりやすく伝えるという視点で、もうひとつ注力したのは体験者の声を最大限に活かすことだった。まず、営業部門のメンバーによる“あったか伝え隊”が組織される。若干8名の“あったか伝え隊”は4ヵ月のキャンペーン期間中、全国各地の展示場100ヵ所で“あったかセミナー”を開催した。セミナー前半は、ウォームファクトリーのしくみや暖かさに関するレクチャーと、後半はご入居者をゲストに迎えた座談会という構成。

田中によると、年を重ねるごとにあったか伝え隊の活動は拡大していったという。「活動初期のセミナーでは、“展示場で”暖かさを体感していただくのが主流でした。でも、ウォームファクトリーを採用するお客様がぐんと増えてきていましたし、何より採用された方の満足度が高かったので、その声を活かしていこうと“ご入居者をお呼びする”ようになりました」

最初のうちは、セミナーでどれくらいお客様に良さが伝わるのか、迎える側の展示場でも確信がなかったようだ。だが、田中は続ける。「そのうちセミナーが展示場集客に効果があると広まると、全国から8名では回りきれないほどのオファーがきました。そのため、所長や店長など現場のキーマンにもセミナーの司会進行の役割をやってもらうという形になっていきました」

しかしながら、こうした“あったか伝え隊”の展開は、エリアごとに若干の差はあった。展示場に、まだウォームファクトリーが設置されていないなど、環境の整っていないエリアもあったからだ。それでも「体感できるのが一番いい。でも、できないなら体感した人から聞くのがいい」という田中の言葉のとおり、ご入居者に協力していただく形でセミナーは開催され、やがてキャンペーンの恒例イベントとして定着する。

神吉は、あらためて言う。「快適性というのは人の言葉で説明するのは難しいと感じていました。だから、“あったかハイム”というわかりやすい表現をつくったし、私たちの言葉で説明するより、ご入居者自身に語っていただこうと思いました」。

この頃から営業の現場では、家づくりを検討中のお客様を、ご入居者の自宅へご案内する“入居者邸案内”が自然に増え始めた。主婦にとって冬場の暖かさというのは、話し手側からすれば何よりの“わが家自慢”だし、聞き手側にすれば、何よりも心惹かれる要素である。実際、顧客満足度が上がっているという手応えは確実にあったと田中も言う。

川上から川下まで一気に展開することの重要性

さて、全国を縦断する“あったか伝え隊”には、もうひとつの狙いがあった。一気通貫してキャンペーンの考え方を現場まで浸透させること。あったかハイムキャンペーンを牽引した神吉は、その重要性についてこう話す。

「セキスイハイムの販売会社や支社は全国に30数拠点。各拠点が同じ方向へ向かって進めばかなりの戦力になります。反対にバラバラになればそのダメージも大きい。そのため、我々は常に、わかりやすく伝えることに尽力しました。川上から川下まで一気に展開してしまうことが必要なんです」

田中もあらためて言う。「ウォームファクトリーでは見えないものを伝えることに非常に苦労しました。あったか伝え隊の活動など現場の人たちと一緒に、時間をかけてじっくり考えた。そのおかげで“伝え方”の基盤をつくることができたと思う」と。こうして、ウォームファクトリーというシステムを搭載したセキスイハイムは、“あったかハイム”として結実する。そして、いよいよ快適エアリーの登場である。

快適エアリーへの道のり
2006年下期 “あったかハイム”キャンペーンスタート
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