自然に学ぶ研究事例

第4回 最終回 セルロースに学ぶ高機能材料
材料・デバイス開発
植物資源
FRPを凌駕する植物素材の複合材
その場から動くことなく、過酷な風雪に耐え、凛として、大地に屹立する樹齢数千年の樹木。 そこには、驚くべき自然界の複合化技術が存在した。 強固な植物細胞を構成しているセルロースに学ぶ新技術とは?
セルロースに学ぶ高機能材料
加工しやすく、腐食しにくいプラスチックは現在、食品容器や電化製品をはじめ、数多くの工業製品に使用されています。しかし、熱や衝撃に対する耐久性など、まだまだ課題は多く、さらなる機能の進化が求められています。

例えば、プラスチックに炭素繊維を混ぜて作るFRP(繊維強化プラスチック)は、その優れた強度から、ゴルフクラブ、防弾チョッキ、航空機、ロケットの材料まで、分野を問わず幅広く活用されています。

木はセルロース、リグニン、ヘミセルロースという物質で構成され、鉄筋コンクリートに例えると、それぞれ鉄骨、コンクリート、そこに巻かれる針金の役割を 果たしています。またこのセルロースはそれ自身が、アルミニウムよりも強い繊維状の物質で、ケブラー(引っ張り強度は鋼鉄の5倍)という素材に匹敵する強 度をもっています。規則的に並んだこのセルロースが、方向の異なる層構造を作ることで、強固な細胞壁が生まれ、強靭な植物体が誕生したのです。

柳は分子の繊維方向を横にすることで、暴風に対して逆らわずしなやかに対応し、逆に杉や樫などの巨木は重量が大きいため、その分子方向を縦にすることで逆 らうように強固に対応します。また、一本の木の中でも折れやすい枝の継ぎ目と、丈夫な幹の部分とでは、分子の方向や層構造は異なります。それぞれの性質や 環境に対応したこの構造は、まさしく生き続けるために身につけた技術と言えるでしょう。

植物がサバイバルのために身につけた、天然の複合材料。そして今、植物構造の生成プロセスを模倣し、セルロース同士を合わせた、すべてが植物素材由来の複 合材開発が進んでいます。鉄は、温度によってその形や体積が変化しやすい材料なのですが、このセルロース複合材料は、300℃の高温にも耐え、また、力に 対する強度も、麻に比べたらやや劣るものの、従来のFRPやプラスチックよりも明らかに強いという検証結果が出ています。その性能は、従来のFRPを超 え、何より「地球から生まれ、地球に帰る」100%天然のエコマテリアルです。画期的な機能と環境対応が同時に求められる建材や工業材料の世界で、その活 躍が期待されています。

西野 孝 助教授

神戸大学 工学部応用化学科

http://www2.kobe-u.ac.jp/~tnishino/cx4.html

私は学生時代、ドジョウのぬめり成分の機能や貝柱と貝やフジツボの接着などを解析する研究室に所属し、また、留学時代は、物質強度の解析や実証を行ってきました。接着と素材強度の両面から今、強固な材料開発を手掛けているのです。
複数の素材を組み合わせる複合材料は、性能が高まる一方で、異素材間の接着面が剥がれやすいという弱点があります。ところが強度が強く、環境にも優しい植物由来のセルロースは、その接着に際し、界面が同化していくという優れた特性を持っています。
私達が行ってきた研究は現在、ナノコンポジット、有機無機複合材料、遺伝子配列の決定によるその合成プロセスの解析など、多くの企業や研究者たちと共に実用化に向けた成果が上がり始めています。
こうした知見を応用し今後は、強力でありながら柔らかい材料、高温になると縮むエキゾチックコンポジット、高接着性と高撥水性を併せ持つ材料など、従来では存在しえなかった新材料を形にしていきたいですね。

トピックス
私達の生活に欠かすことの出来ない石油。燃料としての使用は勿論ですが、プラスチックなどの材料としても広く利用されています。しかし、その焼却処理、不法投棄などによる環境汚染・温暖化など様々な問題が地球上では深刻化し、また、その石油の可採年数はあと40年程と言われています。そのような中、生物資源を利用し「生産可能な、地球へ負担をかけない」エネルギーや材料の開発研究が急速に進んでいます。 例えば、穀物でんぷん(主に飼料用とうもろこしでんぷん)を主原料とする生分解性プラスチック。その性能は一般のプラスチックとほぼ変わらず、使用後廃棄される時も、土中や海水中の微生物により水と二酸化炭素に分解されます。化石燃料を燃焼したときに出る二酸化炭素は、もともと地下に閉じ込められていたものですが、生分解性プラスチックから出る二酸化炭素は、生物がエネルギーを作るために空気中から取り込んだものなので、空気中に還るだけなのです。地上の二酸化炭素の絶対量を増やすものではないため、環境に優しい材料として活躍が期待されています。しかし現在、その価格は汎用プラスチックの3~5倍程度で、原材料の確保や使用領域の拡大などによるコストの低減が普及へ向けての課題と言えるでしょう。食品の容器、電化製品のケース、各種産業に無くてはならないプラスチック材料の研究はその機能性向上から、さらに環境対応性獲得へとさらに進化しているのです。
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