自然に学ぶ研究事例

第27回 最終回 骨構造に学ぶインプラント材料
医療技術
生体機能
磁場を利用してつくる人工骨
人の体を支える骨は、歩く、走るといった行動を可能にし、内蔵を守り、血液を作る役割も果たしている。強さとしなやかさを併せもつ、骨の構造に学ぶインプラント材料とは?
骨

骨は、その成分の7~8割がアパタイトとコラーゲンでできている。六角柱の結晶構造をもつアパタイトが、骨の荷重方向に上面を向けて並び、その間に、同じ 向きでコラーゲン繊維が規則的に並んだ複合材料である。骨密度は18歳頃をピークに減少し、一般的に、女性で60代、男性で70代になるとピーク時の半分 程度まで減るといわれる。

私たちの骨は、おもに、セラミックスであるアパタイトと、タンパク質であるコラーゲンでできています。六角柱のアパタイトと繊維状のコラーゲンが、一定方向に規則的に並んだ構造をしており、この構造が荷重に対する強さと同時に、弾力性ももたらしているのです。

近年、高齢者社会の進展とともに、加齢に伴って骨密度が低下し、骨がもろく折れやすくなる骨粗鬆症が大きな問題となっています。骨折や変形で歩行などに支 障をきたす場合は、骨接合用品や人工関節などのインプラント(体内埋め込み用部材)を用いる手術が施されますが、摩耗などが原因で不具合が生じ、痛みが出 ることも少なくありません。

インプラント材料は金属やセラミックスなどさまざまですが、どれも一長一短といわれており、患者の体への負担を軽減するために、骨との結合性や耐久性を高 める材料開発が行われています。最近では、無害で安定性が高いアパタイトやリン酸カルシウム(β-TCP)などが利用されていますが、強度、しなやかさな どに課題があり、骨と同じような組織をもつ材料の開発が望まれているのです。その一つに、磁力を使い、アパタイトとコラーゲンを、骨の構造と同様に並ばせ た人工骨をつくろうというユニークな研究があります。

物質の多くは磁石にくっついたり、離れたりする性質があります。弱い磁石には反応しないセラミックスやタンパク質なども、超伝導磁石という強い磁場を発生 する装置を使うと、磁力の影響を受け、安定的な方向に向かおうとします。この原理で一方向に向きを揃えることが可能な物質もありますが、アパタイトはでき ません。そこで、磁場に加えてアパタイトを回転運動させることで、一方向に並べることに成功しました。この方法で作られたアパタイトは高温で加熱すること で、結晶の並び具合がさらに良くなることもわかりました。そして、アパタイトとコラーゲンを磁場中で複合化させた、限りなく生体に近いインプラント材料の 実現に向けた挑戦が、日々、続けられているのです。

岩井一彦 助教授

名古屋大学大学院工学研究科 マテリアル理工学専攻

自分のアイデアを社会にフィードバックする日を夢見て
六角形の結晶構造をもつ物質は、たとえば熱を通しやすいとか通しにくいとか、その面によって化学的性質が異なります。磁場をかけることで、ある一面だけが 表面に並ぶようにすることも可能ですから、向きを揃えることで、機能を向上させることもできるのです。また磁場は、物質の微妙な成分の違いに作用するの で、たとえば下水に含まれるさまざまなガラスビンの破片の分離処理などにも利用されています。
われわれ研究者はいろいろな面で社会の支援を受けていますので、いつかはフィードバックしたい。磁場を使い、自分が考えたアイデアが工業化され、世の中に役立つものができることを夢見て、研究に励んでいます。

トピックス
磁石には、永久磁石と電磁石があります。永久磁石は鉄やニッケル、コバルトなど、もともと磁石の性質をもっている物質でつくったもので、電磁石はコイルに電流を流すことで磁石になるものです。強力な磁場を発生させる超伝導磁石は、コイルに超伝導体物質を用いています。超伝導体は、超低温下で電気抵抗がゼロになるため、少ない電力でとてつもなく大きな磁場を発生させることができるのです。 理科の実験などで使われる棒磁石の磁場の強さは0.1テスラ程度ですが、超電導磁石はその100倍程度も強い磁場を生み出します。そのため、かつては磁石の影響がまったくないと考えられていた物質にも磁気の影響を与えることができるようになったわけです。 超電導磁石の応用は、リニアモーターカー医療で使われる磁気共鳴断層撮影装置(MRI)が有名ですが、スクリューのない電磁式高速船、エネルギー貯蔵装置ほか様々な分野での開発が進んでいます。
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