自然に学ぶ研究事例

第37回 最終回 粘菌に学ぶ人工物の設計
材料・デバイス開発
微生物資源
アメーバのように動くモジュラーロボット
脳や神経がないにも関わらず、 外界からの情報をキャッチして生きる原始的な生物たち。 粘液性の原形質の塊でありながら、細胞内で 情報をやりとりしているかのように行動する、粘菌に学ぶロボットとは?
真正粘菌モジホコリの変形体とモジュラーロボット
真正粘菌モジホコリの変形体とモジュラーロボット

真正粘菌は、胞子で繁殖し、発芽したものが癒合して複雑な網目状の変形体を形成する。分類上は、動物にも植物にも属している。左右7枚の写真は、粘菌がエサ(各写真中央)に向かって移動し、さらにエサを探して広がっていく様子。中央7枚は、障害物を避けて移動するモジュラーロボットの実験機。 写真提供(粘菌):北海道大学電子科学研究所 中垣俊之氏

現在、開発されているロボットのほとんどは、綿密な構造設計とプログラミングによって、コンピュータで完全制御され動いています。しかし、高精度がゆえに稼働環境の変化に対応できず、制御に失敗したり故障することも少なくありません。そうしたなか、特別な制御システムを使わず、環境の変化にゆるやかに対応できるロボットの開発が始まりました。単純で原始的な生物、粘菌の「生存脳機能」に着目した、変幻自在に動くロボットです。生き残っていくために必要な根源的な知能、それが「生存能機能」であり、その発現のメカニズムをまねてロボットを動かそうという試みです。

 

森などで暮らす真正粘菌は、変形体と呼ばれるアメーバ状の塊を形成し、エサや光に反応して、体の形を自在に変化させながら這うように移動します。神経系をもたない粘菌が、刺激に対応してなぜこのような行動ができるのでしょうか。その秘密は、実は、細胞内のリズム体という化学時計にありました。粘菌の細胞内には化学時計がいくつも存在しています。そして、それぞれの時計が刻むリズムは、相互作用によって同調して体の収縮運動を引きおこし、その繰り返しのパターンが波のように全身に伝わり、“動き”が生まれるのです。

 

リズム振動子によって手足を伸縮させる単純な機械ユニット(モジュール)をつなげたモジュラーロボットは、状況によって隣同士のモジュールがくっついたり、離れたりしながら、全体がまとまるためのゆるい制御をかけることで、1つの塊として動きます。光の刺激に向かって、障害物を避けて回り込み、あるいはモジュールの間に取り込み、粘菌アメーバのように変形しながら前進していきます。

 

そしてこの研究は、細胞に見られるように、自己修復・自己形成するロボットの開発へ発展していく可能性を秘めています。単細胞生物の知と体の仕組みを上手く利用することで、変幻自在に動く、生物に近いロボットの誕生が期待されているのです。

石黒章夫 教授 / 清水正宏 助教

東北大学大学院 工学研究科

根源的な「知」の創発を利用し、打たれ強い人工物をつくる
2足歩行ロボットや宇宙ロケットなど、最先端の構造物は、最適化を目指すがために、稼働条件がわずかでも変わると、パフォーマンスが急激に低下するという矛盾を有しています。われわれは、単純な知能と体を持つ要素の集合体によって、環境の変化に対応でき、しぶとく生き残っていける人工構造物をつくりたいと考えました。 生物を模倣したロボットを使えば、パラメータを変えることで、さまざまな実験を行うことができます。その取り組みによって、生物学とは異なる角度から、生物の根源的な「知」の発現に迫ることができるのではないかと思います。その成果を元に、工学と生物学の新しい連携を形にする。それが1つの夢ですね。

トピックス
粘菌の変形体は、神経系をもたない原形質という物質の塊ですが、その行動の不思議さが注目されてさまざまな研究が行われています。理化学研究所では、寒天ゲル上に人工的に迷路をつくり、粘菌が迷路の最短距離を見つけだす能力があることを実験で証明しました。変形体を迷路にはわせた後に、入り口と出口にエサを置いてやると、最終的に入り口と出口を結ぶ最短ルートで1本の太い管のようなるというのです。
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