自然に学ぶ研究事例

第42回 最終回 食虫植物に学ぶ神経伝達の仕組み
医療技術
植物資源
原始的な“記憶”のメカニズムに迫る
移動することのできない植物には、環境に応じて さまざまな機能を身に着けたものが存在している。 過酷な環境下、虫を捕食する能力で生き残ってきた、 食虫植物に学ぶ神経伝達のメカニズムとは?
ハエトリソウ
ハエトリソウ

手のひらのような形をした捕虫葉には、左右それぞれ3個ずつ、トゲのような感覚毛がついている。種で発芽し、球根になって冬を越す。虫媒花であり、株の中央から15センチメートルほど茎を伸ばして花をつけるのは、虫に受粉してもらうために、捕虫葉に食べられないように工夫された、ハエトリソウのもう1つの知恵といえる。自生しているものは、北米・ノースカロライナ州とサウスカロライナ州にまたがる湿地帯でのみ見られる。

ダーウィンが“世界で最も不思議な生物”と呼んだハエトリソウ。代表的な食虫植物として知られていますが、大切な養分である窒素が極端に少ない土地で自生し、栄養分を補うために虫を捕獲する能力を発達させてきたと考えられています。ハエトリソウにとって、命を左右する重要な捕虫能力。そこには、実に巧妙な仕組みが隠されていました。

 

捕虫葉と呼ばれる葉の部分には、刺激を感知する3対の感覚毛があり、虫が30秒以内に2回触れると、一瞬のうちに葉を閉じて捕らえます。1回だけでも、30秒以上経ってから2回目の刺激を受けても、葉を閉じることはありません。回数と時間を、ハエトリソウはどのように“記憶”しているのでしょう。

 

感覚毛に触れると活動電位と呼ばれる電気が発生し、その電気信号がこの動きを引き起こすことは早くから知られていましたが、最近になって、2種類の生理活性物質が関わっていることもわかってきました。しかも、1回の刺激で分泌される量では十分ではなく、30秒以内に2回目の刺激を受けると必要量に達して電気が流れるというのです。分泌された物質は拡散してしまうため、時間が空きすぎると、この“記憶”のメカニズムは働きません。ハエトリソウが一旦閉じた葉を開くときは、虫の養分を吸収することで葉の内側の皮が成長し、長さの差によって外側に反るようにして開きます。この開閉に要する時間はわずか0.5秒ほどで、あっという間のことです。しかし、開くと葉っぱは一回り大きくなり、そのために大量のエネルギーを必要とします。空振りは、ハエトリソウにとって非常なダメージとなるのです。“記憶”のメカニズムは、無駄な開閉をなくし、獲物を確実に手に入れるために、ハエトリソウが身に着けた知恵だったのです。

 

現在、刺激の受け手となるタンパク質を特定する研究も進められています。原始的な“記憶”のメカニズムの解明から高等生物の神経機構に迫ろうとする研究は、将来的に、新しい医療へとつながる可能性も秘めているのです。

上田 実 教授

東北大学大学院 理学研究科

生物の現象をコントロールする小分子に注目
生物のやることは人知を超えており、人のできないことをやすやすとやってのけます。実は、そうした行動のほとんどに、ナノサイズの分子が関与しているのですが、そのメカニズムはわかっていないことばかりです。化学者の視点でそのメカニズムを解明したいと考えて、特にモデル生物にならないような、変な生き物の変な現象に注目して研究を進めています。
たとえば、ハエトリソウは1属1種で仲間はいません。動物と植物は10億年くらい前に分化したと言われていますが、その原始的な過程で、たまたま刺激に応答するタンパク質が、植物にも保存されたのがハエトリソウかもしれない。生きている化石かもしれないと考えると、面白いですよね。変な生物が見せる行動は、希な現象でもあるのですが、突きつめてみると、生物生理学的に本質に迫れるのではないかと思います。

トピックス
ハエトリソウのように、動物に似た大変ユニークなメカニズムをもっている植物は他にもあります。たとえば、座禅草(別名、ダルマ草)。半球状の仏炎苞(ぶつえんほう)の中に丸い花穂があり、その形が僧侶が座禅を組む姿に似ていることから名付けられたものです。山間地の比較的寒い場所に生息し1月下旬から3月くらいにかけて開花しますが、その際、小花が100ほども集まってできている肉穂花序(にくすいかじょ)で発熱し、30℃くらいまで達するそうです。発熱は、根に蓄えられた栄養分が花の細胞のミトコンドリアに運ばれて熱エネルギーに替わると言われています。そして、この発熱と悪臭とも言われる独特の臭気によって虫を呼び寄せ、受粉を促すのが、座禅草の生き残り戦略だと考えられるのです。
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