自然に学ぶ研究事例

第53回 最終回 植物に学ぶ機能性高分子材料
材料・デバイス開発
植物資源
植物から高機能プラスチックをつくる
脱石油依存型社会の実現に向けて、 植物由来のプラスチック開発が見直され始めた。 いまある多様なプラスチックと同等以上の品質を追求する、植物に学ぶ、高機能性高分子材料とは?
松の木と松の木由来のプラスチック
松の木と松の木由来のプラスチック

松の木の樹脂である松ヤニには多量のテルペン類が含まれており、容易に採取できる。手に持っているのは、β-ピネンというテルペンからつくられた、透明性の高いバイオベースプラスチックである。

容器や日用品をはじめ、電気・電子製品、車や航空機、建築、さらには医療まで、いまやプラスチックはあらゆる分野で利用されているといっても過言ではありません。軽くて丈夫、いろいろな形に成形しやすいのが最大の特徴ですが、ここまで普及した背景には、耐性、電気的特性、磁性、光学特性など多様な機能をもつポリマー(高分子)をつくる重合法の研究が大きく発展してきたことがあります。

 

近年、環境対応から、デンプンから採れるポリ乳酸を原料とする生分解性プラスチックが注目されてきました。しかし、耐久性や機能性、コスト面などから、まだまだ、石油由来のプラスチックに取って代わるには至りません。そこで、これまで培ってきた重合のノウハウを活かし、従来の石油由来と同等、さらにはそれ以上の性能をもった、まったく新規な高機能バイオベースプラスチックを開発しようという研究が開始されたのです。

 

すでに、高分子化が難しいとされてきた、松ヤニに多く含まれるテルペン類から、アクリルガラスのように透明性の高いプラスチックができることが実証されています。また、木の成分であるリグニン類縁体や、オレンジ油であるリモネンなど、植物の代謝のなかで自然にできている物質の多くは、高分子の原料(モノマー)として使うことが可能なのです。こうした豊富な植物生産物を使ったの重合法がさまざまに検討され、光学特性や耐熱性などにおいても、石油由来のものより高品位なポリマーができる可能性も見えてきており、今後の研究に大きな期待が寄せられています。

 

石油資源が枯渇には至らないとしても、これまでのように石油に大きく依存する社会が存続しえないことは、昨今のエネルギー問題を見ても明らです。また、バイオ燃料用作物の収穫高を上げるために新たに森を開墾して畑を広げているという状況や生産体制が、二酸化炭素の抑制に必ずしも貢献していないという報告も上がってきています。再生可能な植物資源、特に食糧とならない非食性のものを高度に利用していくことが、これからの社会にとって重要課題であることは間違いないのです。

佐藤浩太郎 講師

名古屋大学大学院 工学研究科

人間生活を豊かにする素材を求めて…
再生可能な食べ物ではない植物資源から、高分子材料をつくる方法論を確立し、人間生活を少しでも豊かにする素材を社会に提供すること。それが、この研究の目的です。 私は、大学時代、社会人時代、そして現在の上垣外研究室と、一貫して、有機化学的な手法で高分子をつくる精密重合の研究に取り組んできました。高分子の重合では副反応が起こることが多く、高品質なものやで分子量の大きなものをつくるためには、それをいかに抑えるかが重要になってきます。現在は、松の木やユーカリなど成長の速い植物や種子に大量に含まれる物質を利用して研究を進めていますが、石油由来の原料と同じような骨格をもつ物質や化学合成が難しい物質を植物はいとも簡単につくっています。長年の研究で培われてってきた私たちの重合のノウハウを活かせば、そうした原料から、石油由来のポリマーと同等、さらにはそれ以上の機能をもったプラスチックポリマーができると信じています。

トピックス
松ヤニからとれるテルペンは、揮発性物質で、一般にはテレピン油と呼ばれ、油絵の具や塗料の溶剤、香料、ゴムやプラスチックの改質材などとして利用されています。石油化学産業が起こる以前には、機械の洗浄油などとしても使用されていたそうです。 また、オレンジ油は主に香料として利用されていますが、その主成分リモネンには油を溶かす特性があり、洗剤の成分として、また、発泡スチロールなどスチレン類を溶かしてリサイクルすることにも一役かっています。このように、昔から利用されていたもののあまり利用されなくなったもの、あるいは未利用だった天然の物質は、実は意外に多くあります。そこに、改めて科学の目を注ぐことで、新規な活用法も生まれ始めているのです。
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