自然に学ぶ研究事例

第54回 最終回 地殻の水熱反応に学ぶ高機能材料開発
生産システム
自然のメカニズム
土でつくる無電源エアコン
快適さ便利さの追求は、資源やエネルギーの利用を急激に増大させ、さまざまな環境問題を誘発した。 自然と向き合い、環境と共生する暮らしを提案する、 水熱反応に学ぶ高機能材料開発とは?
ケイ藻土の水熱固化
ケイ藻土の水熱固化

数百ミクロンの細孔を多く有するケイ藻土に消石灰を混合し、200℃で水熱処理すると針状の結晶が成長して細孔内にナノオーダーの微細孔をつくることができる。写真は、反応前、3時間後、10時間後の経過を1万倍で撮影したもの

古くから、貴重品や食糧などの保管庫として利用されてきた土蔵は、内部の温度と湿度が1年を通してほぼ一定に保たれ、天然のエアコンとも呼ばれています。土にはもともと微細な孔が無数に存在し、湿度の変化に応じて水蒸気を吸放出しています。分厚い土壁で囲まれた土蔵は、その土の機能を最大限に活かしたものであり、季節や天候の変化による湿気や乾燥から保管物を守ってきました。

 

タイルやレンガなど土の建材は、一般に1000℃以上の高温で焼成しますが、これでは微細な孔が塞がれてしまい、土蔵のような機能を発揮できません。そこで着目したのが、水を使って固化すること、すなわち、蒸して固める方法です。地殻の地表に近い部分では、100℃程度の熱水の働きにより、岩石や鉱物の結晶が形成されています。このメカニズムを利用して土を固化する研究が行われ、ナノサイズの孔をもつ調湿機能性素材がすでに開発されています

 

現在は、数百ミクロンの細孔をもつ土や1ナノメートル以下の超微細孔をもつ鉱物に新たな結晶を成長させ、数ナノの微細孔を付加する研究が進められています。たとえば、どのくらいの大きさの分子を取り込むのか、その分子を閉じ込めるのか、あるいは分子を出入りさせるのかなど、目的によって理想的な孔の大きさは変わります。つまり、大きさの異なる孔をもつ多孔体は、調湿・調温だけではなく、揮発性ガスなどの物質の吸着・分離機能も合わせて発現させることができるのです。さらに、触媒を導入することで、吸着物質の分解も可能にしようという研究へ発展しています。

 

高温焼成の代わりに約200℃の熱水を利用する合成法は、材料製造時のエネルギーを大幅に削減します。新しい多孔体は、高精度フィルター、触媒、センサーなどさまざまな応用が考えられますが、床や壁が室内環境を自動検知して湿度や温度を自動調整する土蔵のような“無電源エアコン”が実現すれば、生活エネルギーの節約にも大きく貢献できるのです。

石田秀輝 教授

東北大学大学院 環境科学研究科

自然の凄さに学ぶネイチャーテクノロジー
自然は、もっとも小さなエネルギーで完璧な循環を創り上げています。一方、われわれ人間はテクノロジーを道具として使い、実に多くの「もの」をつくりあげてきましたが、その結果、自然を消耗させてしまい、循環からどんどん離れているのが現実です。 バイオミミクリー(自然に倣う)という考え方が注目されはじめ、エコロジーな技術の追求は当然のことになりつつありますが、さらに1歩進めて、環境と共生するライフスタイルを提案できる技術開発が、いま求められているように思います。ワクワクドキドキ生きることを楽しみながら環境負荷を最少にする。私はそれをネイチャーテクノロジーと呼んでいますが、その提案の1つが、“無電源エアコン”なのです。

トピックス
珪藻土は、植物プランクトンである珪藻の死骸が、川底、湖底、海底などに堆積してできたものです。珪藻は藻類ですが、ケイ酸質(SiO2、二酸化ケイ素)の殻に覆われているのが大きな特徴で、有機質成分が長い年月と共に分解され、ケイ酸質が残って化石となります。そのため、珪藻土の主成分はガラスと同じSiO2であり、耐火性・耐熱性に優れていることから建材などに利用されてきました。また、珪藻の殻にはもともと模様のように微細な孔が多数開いており、化石化とともにできる細孔と相まって多孔体となり、さまざまな物質の吸着や分離能力を生みだしているわけです。太古の自然がもたらした土の力。いま、その利用が再び見直され始めているのです。
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