自然に学ぶ研究事例

第74回 最終回 植物の知恵に学ぶ生長制御分子の創製
エネルギー・環境技術
植物資源
植物の自己防御システムを分子レベルで解明
植物が生産する多様な代謝物を、人は薬や食物、 ものづくりの原料として、さまざまに利用してきた。 生きるために身に着けた自己防御システムという、 植物の知恵に学ぶ生長制御分子の創製とは?
ユキヤナギ(Spiraea thunbergii)
ユキヤナギ(Spiraea thunbergii)

バラ科の落葉低木。春に小さな白い花が密集して咲く。ユキヤナギから抽出されたシスケイヒ酸は、アレロパシー活性は弱いとされてきたが、近年の研究により強い生長阻害活性が確認された。

動物のように移動したり、攻撃して身を守ることができない植物は、毒や抗菌物質など、さまざまな化合物をつくり、自らを守る武器として利用しています。たとえば、ヒマワリやユキヤナギ、松、セイタカアワダチソウなど、ある種の植物は化学物質を放出して、発芽を遅らせたり、周囲の植物の生長を阻害しているのです。このような、植物が周囲の植物や微生物などに対して何らかの作用を及ぼすことをアレロパシー(植物他感作用)と呼んでいます。

 

こうした現象は古くから知られ、農薬を使わずに雑草が生えるのを防ぐ方法として農業に利用されてきました。アレロパシー活性化合物の研究は以前から行われていますが、純粋な化合物を植物から単離するのは難しく、実験に十分な量がとれないものもあり、生理学的な研究がなかなか進んでいません。そこで近年、構造が決定した活性化合物を有機合成で大量につくり、活性相関や作用のメカニズムを分子レベルで解明しようという研究が注目されています。

 

有機合成で純粋な物質を大量につくり生物試験を実施することで、活性が弱いとされてきた物質が実は高活性であったり、逆に高活性と考えられていた物質がほとんど活性がなかったなど、天然物の研究だけでは得られない結果が導き出されています。また、構造に少し手を加えることで、構造と作用の活性相関を明らかにすることができ、天然物の10倍程度の活性をもつ化合物も見出されています。

 

アレロパシーの研究では、化学合成農薬に代わる環境調和型の抑草剤などへの応用が期待されており、植物の生長を促す物質なども見つかっています。また、たとえば生薬としていろいろな植物の根や葉が利用されてきましたが、分子レベルでの研究が、植物が生産するさまざまな代謝物質の機能解明に新たな道を拓くと考えられているのです。

新藤 充 教授

九州大学 先導物質化学研究所

物質の構造式で自然の不思議を見る
私の専門は有機合成化学です。アレロパシーについては、植物生理学もしくは天然物化学の分野で、植物の固体と成分研究が行われてきました。ところが植物から特定の純粋成分を分離するのは難しく、量もわずかしかとれません。そこで、ピュアなアレロパシー活性化合物を大量に有機合成することで機能研究を推し進め、既存の農薬に代わる環境調和型の生長調整剤を開発する目的で、この研究に参加しました。 植物や動物が生産する物質はさまざまに利用されていますが、その機能が未解明なものがまだ大量に存在しています。有機合成化学という立場からすると、物質の構造式を見ることである程度の物性を見抜くことができ、遺伝子工学ではつくれない物質も作ることができます。学生には「構造式で自然を見て、語れ」と言っていますが、とんでもなく変わった作用をもつ物質に出会いたいですね。

トピックス
植物は実に多くの物質を生産していますが、タンパク質や糖、脂質など生命維持に不可欠な物質を一次代謝物と呼び、特定の植物にのみ存在し生命活動に直接関与しないものを二次代謝物質と呼んでいます。サポニン、フラボノイド、タンニン、アルカロイドなどさまざまな二次代謝物質が生薬、麻薬、毒薬などとして利用されてきました。そうした二次代謝物質が、植物自身にとってどのような意味を持つのかは不明でしたが、アレロパシー現象が知られるようになり、進化の過程で偶然に生成した物質により、自らの身を守ったり、情報伝達を行うなど、成長が遅い植物や弱い植物が生き残る要因の1つとして優位に作用したと考えられるようになっています。植物の二次代謝物質は膨大な量だといいますが、優れた特性を持った物質がまだまだ存在しているかもしれないのです。
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