自然に学ぶ研究事例

第134回 腸の蠕動運動に学ぶポンプの開発
材料・デバイス開発
生体機能
空気で物質を搬送する低圧・省エネ型ポンプ
私たちの体内に取り入れられた食物は、胃と小腸で消化、吸収された後、大腸によって肛門へと運ばれ体外へ排泄される。筋肉の収縮が波のように伝わる、 腸の蠕動運動に学ぶポンプの開発とは?
蠕動運動型ポンプ
蠕動運動型ポンプ

右下円内の人体写真は腸のイメージ。ポンプはユニット構造で、1つのユニットは、2種類の人工筋肉をフランジ(円形の継ぎ手)で挟んだもの。人工筋肉の間に円筒形の部屋(チャンバー)ができ、そこに空気を通すと、内側は輪走筋として働き、内側に縮み管が狭くなる。外側は縦走筋として働き、半径方向に膨張して縦方向に縮む。この収縮が下から上へ順に伝わり、物質を押し上げていく。 写真上2段はポンプを真上から見たもので、内側が狭まり水を押し出し、再び広がると下部から水が上がってくる様子が見える。写真下2段はポンプを横から見たもので、外側の膨らみが順に上へと移動している。いずれもビデオ撮影したものの一部を切り出した。

食品や化学工場などの原料、工場排水や汚泥、災害で発生した土砂など、さまざまな物質を搬送するために利用されるポンプ。粘性の高い流体や固液混合流体などを運ぶためには、高圧化、機械の大型化が避けられず、効率化や省エネの視点から、小型で高機能なポンプの開発が求められています。そして今、腸の蠕動(ル:ぜんどう)運動に倣った小型の機能性ポンプの研究が、注目を浴びています。

腸の蠕動運動は、腸壁を形成する縦走筋と環状筋(輪走筋)の2層の筋肉が収縮を繰り返し、その波が下部へ伝わるものです。環状筋には、食物を逆流させない働きもあり、この運動によって食物やそのカスは腸内を移動し、やがて体外へと運ばれていきます。この腸の構造を模倣することで、さまざまな物質を搬送できるのではないかと、考えたのです。

開発されたポンプは、独自に開発した2種類の人工筋肉をフランジ(円形の継ぎ手)で挟んだポンプユニットを連結する形になっており、ユニット単位で取り外すことで掃除や交換が容易です。人工筋肉の間には円筒形の部屋ができ、そこに空気を入れると、環状筋の働きをする内側のチューブが縮み、管が狭くなります。一方、縦走筋の役割りをする外側の人工筋肉は半径方向に膨らむため、結果として縦方向に縮みドーナツのようになります。この収縮の波が下から上へと伝わり、物質が運ばれていく仕組みで、水やジェル、固体、固液混合流体などの垂直搬送に成功しており、水の2万倍程度の粘性をもつ流体も運べることが確認されています。

また、物質の混合や分離をしながら同時に搬送するための研究も行われています。空気圧はわずか0.03メガパスカル(MPa)で人の息ほどですから、電源を使わずに空気を送る工夫は容易に可能で、災害現場等の電源のない場所での利用も期待されています。省エネで高機能なポンプとして、多様な分野で応用研究が進められているのです。

中村太郎 教授

中央大学 理工学部

環境に応じたスペシャリストロボットをつくる
我々の研究室では、生物を規範として役に立つロボットをつくることを目標としています。ミミズ、アメンボ、カタツムリなどに倣ったロボットをつくっていますが、それぞれの環境において育ち、進化した生物は、その環境のスペシャリストだと考えており、その能力を活かした利用法を探求しています。 このポンプの開発に取り組むことになったのは、ミミズロボットをヒントに固液流体や高粘度液体を搬送できないかという問い合わせがキッカケでした。ミミズは蠕動運動で移動しますが、縦走筋と環状筋という大腸と同じ筋肉が内側と外側が逆になっています。そこで、大腸に着目して研究が始まりました。現在は、さまざまな企業や団体から共同研究の話しをいただいています。同時に、ミミズ型ロボットも超細管などの内部検査、月探査や深海底探査などへの応用と、さまざまな提案をいただいており、やりがいを感じています。

トピックス
腸にならった蠕動運動型ポンプは、現在、燃料と酸化剤を混ぜて固体ロケット用の推進薬をつくる装置の開発が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究で行われています。推進薬は高粘性流体と粉体などを混ぜ合わせて製造するもので、このポンプを利用することで、従来よりも安全性、効率化、低コスト化が高まると期待されているのです。 また、蠕動運動を推進力とするミミズ型ロボットも、月地中探査を目的にJAXAとの共同研究が進められています。土砂を掘削しながら、掘った土を運搬するという機能をもつ月探査ロボットが、蠕動運動型ポンプを利用してつくられたロケット推進薬のパワーで、宇宙へ運ばれる日がやってくるかも知れません。
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