自然に学ぶ研究事例

第137回 ネッタイツメガエルに学ぶスキンケア素材の開発
材料・デバイス開発
水生生物資源
組織片から直接、12種の新規ペプチドを単離
長年、発生や微生物感染に対する機能性研究の対象とされてきたカエル。ゲノム情報の活用と分析法の工夫 により、新たに発見されたペプチド類を利用する ネッタイツメガエルに学ぶスキンケア素材の開発とは?
ネッタイツメガエルと分泌物
ネッタイツメガエルと分泌物

ネッタイツメガエルは、西アフリカの熱帯雨林が原産。体長5cm程度。生理的食塩水中にネッタイツメガエルを入れておくと、石けんを溶かしたように泡立った粘性の高い液体になる。下の写真で、左の試験管の液体は生理的食塩水。中央がネッタイツメガエルを生理的食塩水に入れて15分間ゆっくり振盪(とう)、右はネッタイツメガエルを生理的食塩水に入れてガラス棒で軽く15分間突いた時のもので、顕著な泡立ちを見せている。

水中と陸上という異なる環境を行き来しながら生息するカエルは、乾燥に弱く、微生物等の攻撃にも曝(さら)されやすいと考えられています。そのため、自らの身を守る防御策として、カエルの皮膚には分泌腺や毒腺が多く発達したと言われ、アマガエルやアカガエル、アフリカツメガエルなど、さまざまな種類のカエルから、抗菌ペプチドなどの機能性分子を単離する研究がさまざまに行われてきました。

そして最近になって、両生類のなかで唯一、ゲノム解析が終了しているネッタイツメガエルから、12種類の新規ペプチドが単離、同定されたのです。この発見のユニークな点は、独自の工夫を施すことで、皮膚切片を直接、質量分析計にかける手法を開発したことです。それによって、従来法による皮膚組織の粉砕・抽出・分析・精製の繰り返しという複雑な過程で見過ごされた可能性がある物質や不安定な物質も検出できたと考えられるのです。

発見された12種のペプチドは化学合成され、抗菌活性試験、界面物性試験、皮膚組織での遺伝子発現解析などが実施されました。その結果、大腸菌や黄色ブドウ球菌に対して高い抗菌活性を示すもの、過去に発見された天然ペプチドのなかでも最強の界面活性能を有するものなどが確認されています。

現在、泡立ちと構造の関係に着目した研究、培養皮膚細胞を使って毒性や酸化ストレスへの影響、酵母に関する抗菌活性などを調べる研究などが展開されています。近年、合成界面活性剤に代わって、水質を汚染しない環境適合性や高機能性などから、微生物がつくる天然の界面活性剤(バイオサーファクタント)の利用が活発化していますが、同等の天然素材として機能性化粧品など、ライフサイエンスへ将来的に応用することも検討されているのです。

茂里 康 総括研究主幹

産業技術総合研究所 関西センター

既存の概念を超えて、新規物質の発見に挑む
私の専門は生化学で、生体由来の新規物質の探索を中心に研究を行っています。その際、MALDI-TOF MS(マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計)を使って物質を同定しますが、組織片を直接分析にかけることで、メダカ脳下垂体やネッタイツメガエルから、それまで見過ごされてきた新規物質の発見に成功しました。これまでの方法では、組織をつぶして含有物を抽出し、分析、精製を繰り返して物質を同定します。しかしこの方法では、存在はしていても検出されない物質があると考えられ、組織を破砕せず、精製もしない分析に挑戦してみたのです。 既存の概念に固執していては、未知の物質にたどり着くのは難しいのではないでしょうか。今後も、分析の方法を工夫して、だれもが知っている生物から新しい物質を発見することに挑戦していきたいと考えています。

トピックス
合成界面活性剤は、洗剤や洗浄剤、食品や化粧品などの乳化剤、難溶性の物質を溶かす可溶化剤、繊維やプラスチックほかの表面処理剤、金属粉や顔料ほかの分散剤など、さまざまな分野で工業利用されています。重要な産業資材ですが、一方で、河川等に流された界面活性剤が水質汚染を引き起こす問題があります。そこで注目されているのが、微生物がつくる界面活性剤、バイオサーファクタントなのです。バイオサーファクタントの成分は糖やアミノ酸などの生体分子であり、生分解性が高く、低濃度で高活性を示すという特徴があります。そのため、環境負荷が小さく、生体にも優しい界面活性剤としてさまざまな研究が行われているのです。たとえば、非可食の植物油を酵母で発酵させてつくった界面活性剤などが実用化されています。
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