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水枕から、立体型へ──現場の声と共創が育てた、日本発のプラスチック容器

 

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⼈々の暮らしの多様な分野で積⽔化学の製品・技術がどのように活かされているのか。
その開発にはどんな想いや物語があり、
それは地球に暮らす⼈々や社会とどのようにつながっていくのか。
「SEKISUI|Connect with」は、積⽔化学とつながる未来創造メディアです。

私たちが受ける治療の裏側に、こんな容器があることは、あまり知られていない。近年、バイオという言葉が注目されている。バイオエタノール、バイオマスなど。医療や製薬の分野でも再生医療、抗体医薬など。難治性といわれる治療方法がなかった病気も、これらの新しいバイオというアプローチで克服できる時代が来ている。細胞からつくる新しい薬。その原料になるのは、生きた細胞や、細胞が生み出す液体だ。ほんの少し雑菌が入るだけで、患者に届く薬の安全性がゆらぐ。だから、中身に触れずに運んで、保管できる「器」がいる。その器づくりに挑んだのは、なんとプラスチック製品を扱うメーカー。さらに、食品や飲料の製造、細胞培養の技術を持つ異業種の装置メーカーと手を取ることで、容器の可能性をさらに大きく拡げることになる。

無菌のまま運ぶ、という難題

まず、細胞や薬のもとになる液体は、とてもデリケートだ。つくって、育てて、精製して、運ぶ。いくつもの工程を渡り歩く間に、雑菌が一つでも入れば、やがて患者に届く薬の安全性がゆらいでしまう。普段は誰も気に留めないが、器を間違えれば、せっかくの細胞も薬の素も、現場から現場へ渡っていけない。

では、どうやって清潔に保つのか。昔ながらのやり方は、大きなステンレスタンクを使い、その都度洗って滅菌するというもの。ただ、これがなかなか大変だ。水も薬剤も手間もかかるうえ、「本当に洗い切れたか」という不安も残る。

そこで広まったのが、「シングルユースバッグ」だ。あらかじめ滅菌した袋を、一度きりの使用で、そのまま捨てる。洗って使い回さないぶん、汚染の心配がない。

ところが、ここに落とし穴があった。20リットル以下でよく使われてきたのは平たいフィルムの袋。現場で「水枕」と呼ばれる形だ。もともと運ぶことを考えてつくられていないため、場所を取り、ボトルほど扱いやすくもない。この手頃なサイズに、ちょうどいい器がなかったのだ。

「水枕」を「立体」に変える

この空白に、意外な会社が手を挙げた。さまざまなプラスチック成形技術を持ち、ポリ容器やプラスチックドラムなど、主に工場間での液体の輸送容器を手掛けてきた積水成型工業だ。

実は、うってつけの資産があった。食品や薬品メーカー向けの折り畳み可能な立体形状の容器である。市場開発を任された永座は考えた。「従来、薬品や食品原料の輸送用途に使われていたロンテナーという薄肉容器。これを製薬分野へ転用できないか」。「新しく何かをつくるより、今ある資産で、まるで違う市場へ行けないか」。調べてみると、バイオ医薬品という分野では、細胞という生物を扱うため、滅菌されたシングルユースバッグというフィルム製容器が製造工程全般での液体の保管容器として使用されていた。中でも、5~20リットルという積水成型が得意とする容量帯ではすべてピロータイプと呼ばれる水枕形状のものが使われていた。「水や飲料など液体を保管する容器は古くはかめやガラス瓶などほとんどが立体形状をしています。理由は単純、『場所をとらないから』。それは長い歴史の中でも証明された最も効率が良い形状だからです。しかし、バイオの分野は水枕型のバッグを使用していました。」

同社の強みは「ブロー成形」という技術。熱した樹脂を、金型の中で風船のように膨らませて容器をつくる。すべての工程が金型の中で行われるため外からの異物混入を排除できるというブロー成形本来のものづくりの特徴に加え、半導体や液晶分野の高いレベルの要求に応えるかたちで追究してきたクリーンな容器づくりのノウハウが、まさに異物や微粒子を嫌う製薬でもそのまま生かせる強みになった。

ブロー成形の仕組み
積水成型工業 機能容器事業部 機能容器営業所 インダストリアルグループ 永座 明

とはいえ、最初から歓迎されたわけではない。同社での製薬分野の取引はほぼ皆無であった。名刺を出しても、「積水さんって、住宅の会社ですよね?」。テレビCMのイメージが強いのだろう。それでも永座は、細胞培養の学会の重鎮を一人一人訪ね、研究者にダメ出しをされながら、少しずつ食い込んでいった。「どこへ行っても『初めて見た』と言われる。それが、なんとも心地よくてね」

立体型にした効き目は、分かりやすい。折りたためるから、置き場所は従来のおよそ三分の一。その圧倒的な省スペース性。また、添加剤を一切使用しないことで、中身の液体へ溶け出すといった心配がない。半導体で鍛えた「きれいさ」が、そのまま使えた。

しかもこの容器、液体調味料などを飲食店などへ運ぶことはもとより、化学薬品などの毒劇物の輸送にも使えるように設計されていた。「シングルユースの袋は、その場で使う前提でできている。運ぶのは自己責任、というメーカーがほとんどです」と永座。積水成型は本来輸送容器メーカーである。輸送の安全性に配慮された容器。そこが違う。2mの落下にも、1000kmを超える陸送にもびくともしない。また、-80℃の凍結条件でも使用できる。凍らせたまま遠くへ運べるのは、細胞や原料を扱う現場にはありがたい。

差をつけるのは、形だけではない。チューブやコネクタを着脱できる点も強みだ。「一般的なシングルユースバッグではチューブは溶着され、外せないことが当たり前ですが、着脱可能なチューブユニットで、容器への直接投入もでき、用途に合わせて自由に選択や組み換えができます」。「海外メーカーの主戦場は、数百から数千リットルの大きな生産ラインですが、10リットル、20リットルは、当社にとってはここが主戦場ととらえ、使い勝手を徹底的に意識しました」。積水成型は、あえてこの手前のサイズに絞り、試作や工程づくりの現場に狙いを定めた。研究所のスペースは限られている。だからこそ、折りたためるこの立体型容器がはまった。

ステリテナープラス

現場の声が、育ててきた

この容器、実は現場の声で育ってきた。よく表れているのが、オプション品にラインナップされている内容液を最後まで注ぎ出す設置用の「反転ラック」だ。「高価な培地や培養液は最後まで使いきりたい」「20kgのバッグを持ち上げるのは大変」という声に、容器ごと上下にひっくり返せる形で応えた。従来ピロータイプは点滴バッグのように吊り下げて使用されることが多い。これが10kg 20kgとなると重く、扱える人が限られる。「誰もが安全に、簡単に、扱えること。これがこれからのキーワードと考えています。今後少子化で人手不足が解消されることはありません」。日々の作業を楽にできることは安全性にもつながる大事な視点かもしれない。

とはいえ、初代は重かった。手袋だと、つまみがつかみにくい。使ってもらっては声を聞き、直しを重ねて、現在のものは四代目になる。

面白いのは、思わぬ使われ方から、次のヒントが生まれることだ。例えば、チューブを着脱式にした「選べる」形。研究者が自分で延長チューブをつなぐのを見て、思いついた。中の液を混ぜるためだけに、この容器を使う人もいる。そこから、細胞を育てる「培養」への道が見えてきた。「こっちが思いもしないところが、次のヒントになる。お客様の声は、本当に大事ですし、お客様が意識していないことでも、『なんでこんなことしているのだろう』と疑問を持つことは大切だなと、たくさん勉強させてもらいました」。

その現場を、今は二人の若い営業が受け継ぐ。会社で初めての女性営業だ。文系出身の藤田麻希は、「内容液は何ですか、と聞かれても、まずそこが分からない」ところからのスタート。カタカナ用語に注釈をつけ、自分用の用語集まで手づくりした。新卒の河野梨子は、出張のたびに永座と二時間の「勉強会」を重ねる。

積水成型工業 機能容器事業部 機能容器営業所 インダストリアルグループ 藤田 麻希

永座の教え方が、また独特だ。「例えば養鶏業でいうと、「抗体医薬は、卵を出荷するようなもの。欲しいのは卵だから、良い卵をたくさん産んでもらうために鶏という細胞を元気に育てる。再生医療は、卵じゃなくて鶏そのものを、健康なまま届けたい」。細胞も生きものだから、混み合って暑すぎればストレスをためる。それを温度や環境を整えるのが培養装置で、餌は培地だ。鶏が外部から入ってきた鳥インフルエンザなどのウイルスで死なないようにするために、外から隔離され滅菌された容器の中で育てる必要がある」というわけだ。

苦労の先には、手応えもある。研究所で、この容器が場所を取らずに喜ばれている場面に立ち会った河野は言う。「勉強してきたことが、現実とつながってきた感じがします」

積水成型工業 機能容器事業部 機能容器営業所 インダストリアルグループ 河野 梨子

食品の技術で、細胞を育てる ── 二社の共創

培養への扉が、見えてきた。とはいえ、容器メーカーの積水成型だけで、培養装置までつくるのには無理がある。「自分たちは容器づくりのプロです。機械はその道のプロに任せる方がいいでしょ。」。そこで永座が手を組んだのが、大阪サニタリー株式会社だ。

縁は、意外と古い。十年ほど前、懇親会で、永座は同社の執行役員・柿崎氏と知り合う。「志を同じくする仲間」として意気投合し、数年後のバイオの集まりで再会した時、永座が声をかけた。「一緒にやりましょう」と。競合との関係を気にする迷いもあったが、それも柿崎氏が、気にすることはないと背を押したという。

大阪サニタリーは、六十年にわたって、食品や医薬品の工場で使うステンレスの衛生配管をつくってきた会社だ。その一部門が今、細胞培養に挑んでいる。手掛けるのが、培養装置〈Ai-genmix〉。羽根のような撹拌翼を使わず、容器ごと揺らして中身をやさしくかき混ぜる。実はこの技術、もとは食品のドレッシングづくりから来ているという。

食品の容器をバイオへ持ち込んだ積水成型と、食品の撹拌をバイオへ転じた大阪サニタリー。畑違いの技術が、いま再生医療の現場で使われている。

培養装置 Ai-genmix

大阪サニタリーは、実はステリテナーの利用者でもあった。以前使っていた海外製の容器は、届くまでに時間がかかり、値も張る。国産のステリテナーに替えると、納期は縮み、チューブでつないで密閉したまま扱えるようになった。柿崎氏が決め手に挙げるのは、国内でつくられ、応用が利き、食品業界での実績もある ── その「商品としての安心感」だ。

二社がいま挑むのは、数リットル規模の大量培養。従来、この中間のサイズには、ちょうど良い装置が乏しかった。小さなボトルを並べる方式では足りず、大きな設備は大がかりすぎる。そこで、〈Ai-genmix〉の大容量モデルにステリテナーを組み合わせ、密閉したまま大きく育てる仕組みを目指している。ただし、大容量での実績はこれから。まずは3リットルへと、一段ずつ確かめている段階だ。

強みは、その手軽さにもある。特別な仕掛けはいらない。標準品のステリテナーを、そのまま装置に載せるだけ。密閉したまま運び、凍らせ、育てる。工程をまたいでも、同じ器で通せる。

大阪サニタリー株式会社 取締役 技術本部長(当時)
柿崎 良哉 氏
弊社との協議を重ね、本共同開発の実現を牽引。取材では、開発に至った経緯や想いについてお話しいただきました。

特別な医療を、当たり前に

手応えは、海外にもある。ドイツの顧客からは、「立体型で運べて、品質も足りるものは、これしかない」。米国の大きな展示会では、「初めて見た、という人ばかり」だったという。海外展開は、英語力に強みを持つ河野が担っていく。

国産であることも、今は強みになる。感染症が世界に広がった時、海外製の資材は届くのが遅れ、国内の現場が困った。そうした経験も、日本発の容器への期待を押し上げている。

永座には、ぶれない見通しがある。働き手は、これから確実に減っていく。だとすれば、「昨日入った人でも、安全に、確実に、ミスなく使える」ことが、現場では大事になる。人手のかかる再生医療で、人が持てる5~20リットルのサイズが効いてくるのは、そのためだ。

そして、その先にある想いは大きい。「再生医療は、今はまだ、産業化の道半ばの特別な医療です。それを、誰もが受けられる当たり前の医療にするには、誰もが簡単に扱える資材が必要です。地味だけど、自分たちはそのための大切な役割を担っていると考えています。ステリテナーという製品を知っている人はまだわずかです。自分たちの商品の良さを、もっと世界中の多くの人に知ってもらいたい。」

「複雑な操作説明や手順書も必要なく、老若男女、誰もが使えるものを、私たちにしかできないものをつくり、世界中に広めていく。研究から産業へ貢献していくことが目標。再生医療も、壺や盆栽のような趣味の世界で終わらせたくない」

派手さはない。けれど、消耗品という足元から、その裾野を広げようとしている。

積水化学グループは、金属の管を樹脂に替え、割れる採血管を割れないプラスチックに変えて、暮らしや社会の土台を素材で支えてきた。その延長線上に「いのちを支える器」がある。この小さな容器も、再生医療の足元を支え始めている。